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ゲルゼンキルヒェン
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
ゲルゼンキルヒェンは、熱狂的なサポーターで有名なFCシャルケ04の本拠地である。もともとパーク・シュタディオンという巨大な陸上競技場型スタジアムが、数多くのサポーターを抱えるこのクラブのホームスタジアムであった。つねに満員の立ち見席。それとグランドとを隔てる陸上トラック。そのトラック上、コーナー付近にて大太鼓をたたいて応援するサポーター有志たち。シャルケがボールを奪って攻撃へと移る時には、この太鼓の音がサポーターの応援の合図となる。土曜の午後の牧歌的なシーンがそこにはあった。
伝統の一戦であるドルトムントとのルールダービーもここで幾多の熱戦が繰り広げられた。1974年の自国開催W杯を前に作られたスタジアムであり、1988年欧州選手権の会場ともなったが、2001年5月、悲劇の舞台となってその役目を終えた。それは2000-01シーズン最終節、シャルケは自らが勝って、優勝争いの相手であるバイエルンが負ければ、逆転優勝のチャンスがあった。別会場、ハンブルクでは常勝バイエルンがHSVに苦戦、とうとう終盤にHSVにリードを許してしまったとの情報の電光掲示が流れる。一方のシャルケは、降格戦線をさまよっていた格下のウンターハッヒンクをリード、ほぼ勝利を手中におさめており、このままバイエルンの負けを信じつつ試合終了。この時点でバイエルンはロスタイムに入って0-1とリードされた状態。悲劇がこの時に起こる。リードの情報が、サポーターのみならずスタジアム関係者にも0-1でバイエルンの敗退という誤報になって伝わり、パーク・シュタディオンに上がる逆転優勝を祝う花火、そして歓喜のサポーター。しかし、その直後、バイエルンがロスタイムももう終わりという時点で奇跡のゴールで同点に。辛くもバイエルンが優勝。一方のシャルケは、この長く愛し続けたパーク・シュタディオンで、最後に数分間だけの夢と、そして2位という現実をつきつけられることに。
ともあれ、こうしてパーク・シュタディオンは悲劇の舞台としてその役目を終えたわけだが、その後を継いで、熱狂的なシャルケサポをむかえる新たな舞台として生まれたが、隣接する敷地に作られた新スタジアム、「アレナ・アウフ・シャルケ」である。ドイツ国内初のドーム型スタジアムであり、サッカー専用スタジアムである「アレナ・アウフ・シャルケ」は、ビール専用の管が、館内に張り巡らされていて、どこでも美味しいビールを購入できるなど、熱狂的なサポーターにとっては至れり尽くせりの近代的なスタジアムだ。また、昨今のネームライト売却ブームにより、このスタジアムでも各ブロックがスポンサーの名前を冠している。テレコム・サイド、ヴェルティンス・サイドといった具合だ。
さらに、2005年4月にはネーミングライツをメインスポンサーのヴェルティンスに売却することが発表され、7月からヴェルティンス・アレーナと呼ばれるようになった。ヴェルティンスとの契約は10年で、さらに5年のオプションも付与されている。

ヴェルティンス・アレーナ
(旧アレーナ・アウフ・シャルケ) (2006年ドイツワールドカップ開催スタジアム)
収容人数: 61,524人(全席屋根付き)、座席数:
43,965席、立見席数: 17,559席
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年: 2001年、ホームチーム: FCシャルケ04
スタジアムアクセス:
市電のS302線にて「VELTINS-Arena(旧Arena AufSchalke)」下車。S302線は、ゲルゼンキルヒェン中央駅の地下から出ている。近郊都市から列車で来た場合は、地下のホームへ降りてそこから該当の列車へ乗車すべし。シャルケサポであふれかえる車両で郊外のシャルケ地区にある大きなドーム型スタジアムへ。
2006年ワールドカップドイツ大会
グループリーグ第1戦(グループA):
ポーランド - エクアドル (0:2)
グループリーグ第1戦(グループE): 米国
- チェコ共和国 (0:3)
グループリーグ第2戦(グループC):
アルゼンチン - セルビア・モンテネグロ (6:0)
グループリーグ第3戦(グループD):
ポルトガル - メキシコ (2:1)
決勝トーナメント準々決勝: イングランド -
ポルトガル (0:0 PK1:3)

(旧パーク・シュタディオンに関するデータ)
収容人数: 62,109人(うち23,096席が屋根付き)(国際試合時は55,887人収容)
座席数: 45,067席(国際試合時は49,737席)、立見席数:
17,042席(国際試合時は5,603席)
スタジアム形態: 陸上競技場タイプ、完成年: 1973年、ホームチーム: FCシャルケ04
1974年W杯西ドイツ大会:
1次リーグ 2:
ユーゴスラヴィア - ザイール (9:0)
1次リーグ 2: ブラジル - ザイール (3:0)
2次リーグ A: オランダ - アルゼンチン (4:0)
2次リーグ A: オランダ - 東ドイツ (2:0)
2次リーグ A:
アルゼンチン - 東ドイツ (1:1)
1988年欧州選手権西ドイツ大会:
予選グループ 1: 西ドイツ - デンマーク (2:0)
予選グループ 2: アイルランド - オランダ (0:1)
1997年UEFA杯決勝第1戦:
FC シャルケ 04 -
インテルナツィオナーレ・ミラン (1:0)
ゲルゼンキルヒェンでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2006年08月16日 ○ 3 - 0 vs スウェーデン代表
2003年11月15日 × 0 - 3 vs
フランス代表
2002年12月16日 ○ 4 - 2 vs
ブンデスリーガ世界選抜 (慈善試合)
2002年11月20日 × 1 - 3 vs オランダ代表
2001年10月06日 △ 0 - 0 vs フィンランド代表 (2002年W杯予選)
1998年11月18日 △ 1 - 1 vs オランダ代表
1992年05月30日 ○ 1 - 0 vs トルコ代表
1990年05月30日 ○ 1 - 0 vs デンマーク代表
1988年06月14日 ○ 2 - 0 vs デンマーク代表 (EURO88グループリーグ)
1987年10月14日 △ 1 - 1 vs スウェーデン代表
1983年10月05日 ○ 3 - 0 vs オーストリア代表 (EURO84予選)
1979年12月22日 ○ 2 - 0 vs トルコ代表 (EURO80予選)
1973年10月13日 ○ 2 - 1 vs フランス代表

エッセン
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
エッセンには、現在下部リーグで低迷しているRWエッセンというクラブがある。このクラブは、1953年にドイツ杯で優勝するなど50年代などブンデスリーガがスタートする前に比較的力を有していた。そのRWエッセンのホームであるゲオルグ・メルヒェス・シュタディオンでは、戦後2度だけ西ドイツ代表の試合が行われている。しかし、69年にW杯予選のキプロス戦を行ったのを最後に、代表による国際試合は行われていない。

ゲオルグ・メルヒェス・シュタディオン
収容人数: 25,250人、屋根付き座席数: 4,000席、屋根ナシ座席数: 350席
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年: 1919年(1939年、1955年に改築)、ホームクラブ:
RWエッセン
エッセンでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
1969年05月21日 ○ 12 - 0 vs キプロス (1970年W杯予選)
1951年12月23日 ○ 4 - 1 vs ルクセンブルク代表

ドルトムント
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
いわゆるマッチ箱型のサッカー専用スタジアムとして、ひじょうに観戦に適したジグナル・イドゥナ・パーク(旧ヴェストファーレン・シュタディオン)は、ドイツを代表する強豪ボルシア・ドルトムントのホームスタジアムである。1993年、2001年のUEFA杯決勝が行われるなど、ヨーロッパを代表するスタジアムの一つであり、UEFAが選ぶ「5つ星スタジアム」の1つに数えられている。
現在のスタジアムが完成したのは自国開催のワールドカップが行われた1974年。このワールドカップの一開催地としてこのスタジアムが造られ、その会場として、決勝グループのオランダ対ブラジルなど4試合が行われている。またその後この地で行われた多くのドイツ代表戦については、その多くがワールドカップ予選やEURO予選であり、ドルトムントでの開催はつねにドイツ代表にとって重要な意味を持っていた。大事な試合が数多く行われる中で、いつしか生まれたのが「ドルトムント不敗神話」である。
2001年に日韓W杯予選のプレーオフをウクライナと戦うことになった時、ドイツサッカー協会は迷わずドルトムントを会場に選んだ。54年以降W杯に連続出場したきたドイツ代表にとって、絶体絶命のピンチといわれたこの強豪ウクライナとのプレーオフ。ドルトムントのスタジアムに集まった熱烈なサッカーファンの後押しもあり、ドイツ代表は4-1で勝利することができた。さらに、2003年のEURO予選では、グループ内最大のライバルといわれたスコットランドとの対戦に、再びこの不敗神話の地を選んだ。そしてまたこの試合でもドイツ代表は勝利、予選突破を決定的なものとした。
2006年のワールドカップでも、ドイツ代表にとって絶対に負けられない一戦はドルトムントで開催できるように、試合カードが組まれた。すなわち、ドイツ代表のグループリーグ第2戦、そしてグループリーグを1位で通過した場合の準決勝は、このドルトムントで開催される運びとなったのだ。そして、グループリーグ第2戦では、強豪ポーランドを相手に、ノイヴィル大帝が終了間際の決勝ゴール。ドイツ代表は、このドルトムントでグループリーグ突破を決めた。しかし、準決勝のイタリア戦では、その不敗神話がついに途絶えた。延長戦の末、力尽きたのである。

ジグナル・イドゥナ・パーク (旧ヴェストファーレン・シュタディオン)
(2006年ドイツワールドカップ開催スタジアム)
収容人数: 80,700人(全席屋根付き)、座席数:
55,700席、立見席数: 25,000席
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年: 1974年、ホームチーム: ボルシア・ドルトムント
スタジアムアクセス:
中央駅からU45線「ヴェストファーレン・シュタディオン(Westfalenstadion)」下車。ただし、これは試合日のみの臨時駅で、試合のない日はU45線「ヴェストファーレン・ハレン(Westfalenhallen)」駅が最寄駅。
1974年W杯西ドイツ大会:
1次リーグ 2: スコットランド - ザイール (2:0)
1次リーグ 3: オランダ - スウェーデン (0:0)
1次リーグ 3: オランダ - ブルガリア (4:1)
2次リーグ A: オランダ - ブラジル (2:0)
1993年UEFA杯決勝第1戦:
ボルシア・ドルトムント - ユベントスFC (1:3)
2001年UEFA杯決勝:
FCリバプール - アラベス (4:4, 5:4 延長Vゴール)
2006年ワールドカップドイツ大会
グループリーグ第1戦(グループB):
トリニダード・トバゴ - スウェーデン (0:0)
グループリーグ第2戦(グループA): ドイツ -
ポーランド (1:0)
グループリーグ第2戦(グループG): トーゴ -
スイス (0:2)
グループリーグ第3戦(グループF): 日本 -
ブラジル (1:4)
決勝トーナメント1回戦: ブラジル - ガーナ
(3:0)
決勝トーナメント準決勝: ドイツ - イタリア
(0:0 延長0:2)
ドルトムントでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2006年07月04日 × 0 - 0 (延長
0 - 2) vs イタリア代表 (2006年ドイツワールドカップ準決勝)
2006年06月14日 ○ 1 - 0
vs ポーランド代表 (2006年ドイツワールドカップグループリーグ第2戦)
2005年03月22日 ○ 4 - 1 vs 米国代表
2003年09月10日 ○ 2 - 1 vs スコットランド代表 (EURO2004予選)
2001年11月14日 ○ 4 - 1 vs ウクライナ代表 (2002年W杯予選プレーオフ)
1999年09月08日 ○ 4 - 0 vs 北アイルランド代表
1997年09月10日 ○ 4 - 0 vs アルメニア代表 (1998年W杯予選)
1989年10月04日 ○ 6 - 1 vs フィンランド代表 (1990年W杯予選)
1986年05月14日 ○ 3 - 1 vs オランダ代表
1981年11月18日 ○ 8 - 0 vs アルバニア代表(1982年W杯予選)
1977年12月14日 △ 1 - 1 vs ウェールズ代表
1976年02月28日 ○ 8 - 0 vs マルタ代表 (EURO76予選)
1974年04月17日 ○ 5 - 0 vs ハンガリー代表
1967年04月08日 ○ 6 - 0 vs アルバニア代表 (EURO68予選)

ボーフム
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
ドイツ・ブンデスリーガでは1部、2部を行ったり来たりしているボーフムは、ドルトムント近くにある町で当然サッカーが盛んなところである。ここでは、戦後4試合の代表戦が行われているが、93年を最後にこの地が代表戦に利用されたことはない。
2002年3月には、2002年日韓ワールドカップ前のテストマッチとして、トルコ代表と韓国代表による練習試合が開催された。

レヴィアパワー・シュタディオン (旧ルール・シュタディオン)
収容人数: 31,328人(全席屋根付き)、座席数:
15,689席、立見席数: 15,639席
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年: 1978年、ホームチーム: VfLボーフム
スタジアムアクセス:
S-BahnのS1線で中央駅へ、そこからU-Bahnの308/318線を利用して「Ruhrstadion」下車。
ボーフムでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
1993年04月14日 ○ 6 - 1 vs ガーナ代表
1986年05月11日 △ 1 - 1 vs ユーゴスラヴィア代表
1981年09月23日 ○ 7 - 1 vs フィンランド代表 (1982年W杯予選)

デュッセルドルフ
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
現在、3部のレギオナルリーガ・ノルドに低迷しているクラブとして、フォルトナ・デュッセルドルフというクラブがある。これは、日本企業が数多く拠点を構えていることで、日本でもすっかりお馴染みのデュッセルドルフを本拠地とするクラブである。そしてそのクラブのホームスタジアムであるのが、ノルトライン・ヴェストファーレン州を代表する大型スタジアムの一つ、ライン・シュタディオンであった。古くは1926年からあったというスタジアムは、1974年の自国開催W杯を前にして大がかりな改築が行われ、1974年W杯、1988年欧州選手権の舞台となった。また、旧東ドイツのカール・ツァイス・イェナが決勝進出した81年のカップウィナーズカップの決勝や、70年代に黄金時代を築いたボルシア・メンヒェングラッドバッハのUEFA杯決勝の舞台としても2度使われてきた。
老朽化が進んだスタジアムは2002年9月に取り壊され、そこへ新たなスタジアムの建設がスタートした。もともと、W杯開催スタジアムとして建設前に名乗りを上げていた同スタジアムであったが、残念ながら開催都市には選ばれなかった。それでもスタジアムの建設は行われ、約2年半の歳月を経て2005年1月に完成。ドイツの大手旅行会社LTUがネーミングライツを取得してLTUアレーナと名づけられた。
2005年2月にはこけら落としの試合として、ドイツ代表vsアルゼンチン代表の一戦が行われた。当地で代表戦が開催されるのは97年11月以来、約7年ぶりである。

LTUアレーナ (旧ライン・シュタディオン)
収容人数: 51,500人(全席屋根付き)
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年:
2005年、ホームチーム: フォルトナ・デュッセルドルフ
(旧ライン・シュタディオンに関するデータ)
収容人数: 55.850人(うち43.250人屋根付き)、座席数: 43.710席、立見席数: 12.140席
スタジアム形態: 陸上競技場タイプ、完成年: 1926年、(改築: 1968-72年)、ホームチーム: フォルトナ・デュッセルドルフ
1974年W杯西ドイツ大会:
1次リーグ 3: ブルガリア - スウェーデン (0:0)
1次リーグ 3: スウェーデン - ウルグアイ (3:0)
2次リーグ B: ドイツ - ユーゴスラヴィア (2:0)
2次リーグ B: ドイツ - スウェーデン (4:2)
2次リーグ B: スウェーデン - ユーゴスラヴィア (2:1)
1988年欧州選手権西ドイツ大会:
1次リーグ A: ドイツ - イタリア (1:1)
1次リーグ B: イングランド - オランダ (1:3)
1981年カップウィナーズカップ決勝:
ディナモ・ティフリス -
カール・ツァイス・イェナ (2:1)
1975年UEFA杯決勝第1戦:
ボルシア・メンヒェングラッドバッハ - FCトゥヴェンテ (0:0)
1979年UEFA杯決勝第2戦:
ボルシア・メンヒェングラッドバッハ -
レッドスター・ベオグラード (1:0)
デュッセルドルフでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2007年02月07日 ○ 3 - 1 vs スイス代表
2005年02月09日 △ 2 - 2 vs アルゼンチン代表
1997年11月15日 ○ 3 - 0 vs 南アフリカ代表
1995年04月26日 △ 1 - 1 vs ウェールズ代表 (EURO96予選)
1990年05月26日 ○ 1 - 0 vs チェコ・スロヴァキア代表
1988年09月21日 ○ 1 - 0 vs ソビエト連邦代表
1988年06月10日 △ 1 - 1 vs イタリア代表 (EURO88グループリーグ)
1987年09月09日 ○ 3 - 1 vs イングランド代表
1984年09月12日 × 1 - 3 vs アルゼンチン代表
1981年11月22日 ○ 4 - 0 vs ブルガリア代表 (1982年W杯予選)
1978年12月20日 ○ 3 - 1 vs オランダ代表
1975年10月11日 △ 1 - 1 vs ギリシャ代表 (EURO76予選)
1974年06月30日 ○ 4 - 2 vs スウェーデン代表 (1974年西ドイツワールドカップ2次リーグ)
1974年06月26日 ○ 2 - 0 vs
ユーゴスラヴィア代表 (1974年西ドイツワールドカップ2次リーグ)
1973年03月28日 ○ 3 - 0 vs チェコ・スロヴァキア代表
1972年11月15日 ○ 5 - 1 vs スイス代表
1961年09月20日 ○ 5 - 1 vs デンマーク代表
1960年05月11日 × 0 - 1 vs アイルランド代表
1956年03月14日 × 1 - 2 vs オランダ代表

レバークーゼン
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
今でこそ、「万年2位」の汚名を持つとはいえ、コンスタントに2位という好成績を残しているビッグクラブが、バイヤー・レバークーゼンである。世界でも数少ないチーム名に企業名が入っているクラブで、かつては企業内のスポーツクラブの一部であったが、今は独立したサッカークラブとして活動しており、その株主としてバイエル社がサポートしている。こうしたバイヤー・レバークーゼンの経営を支えているのが名物マネージャーのカルムント氏である。彼の経営手腕によって、近代的な設備を持つスタジアムと、優秀な選手の集まるビッグクラブへと成長をとげたレバークーゼン。もともとゴール裏には座席がなく、ただ柵越しに立ち見で見物できるようになっていただけのオンボロ・スタジアムであった旧ウルリッヒ・ハバーラント・シュタディオン。それを90年代にゴール裏にもスタンドを設けて大幅に近代的なスタジアムへと改築し、さらに隣接する形でホテルまで作ってしまい、一大アミューズメントパークに仕立て上げて生まれたのが、現バイ・アレナである。
こうしたレバークーゼン、及びカルムント氏は、サッカー界への発言力も大きく、この地では定期的に代表戦が行われている。スタジアムのキャパが22500人と少ないため、さすがに強豪との対戦で利用されることはないが、99年、01年、02年と、近年は小さいスタジアムにも関わらず使用頻度が高い。
キャパが小さいためチケットが取りにくいのが難点だが、個人的にはドイツ国内では一番好きなスタジアムである。なんといっても心地よい観戦が保証されている。冬でも、屋根には電熱ヒーターが設置されていて、意外と暖かい。また全ての席が屋根の下なので、雨天の時も観客席に座っていればさほど濡れることはない。またサッカー専用でありピッチとの距離が近く、夜でも四方にあるライトが明るくピッチを照らしていてグッド。なんでも、レバークーゼンでドイツ代表は負けないという不敗神話が、このスタジアムのウリとしてクラブマガジンに書かれていたが、下記の対戦相手を見れば、負ける方がおかしいのかもしれない。
いずれにせよ、企業城下町レバークーゼン、この閑静な住宅街に住む人々は、ワールドクラスの試合をリーガやAマッチで常に楽しめる環境にある。なんとも羨ましい限りではないか。

バイ・アレーナ (旧ウルリッヒ・ハバーラント・シュタディオン)
収容人数: 22,500人(全席屋根付き)、座席数:
22,500席
スタジアム形態: サッカー専用スタジアム、完成年: 1956年、ホームチーム: バイヤー 04 レバークーゼン
スタジアムアクセス:
Sバーンのレバークーゼン中央駅で下車して、そこから町の中心ではなく住宅街の方へ出て、住宅街を抜けて公園を通ってスタジアムまで徒歩15分くらいか。レバークーゼン中央駅は、ケルンとデュッセルドルフの間に位置していて、どちらからもSバーンで約30分。なお、レンタカーなどでドイツを周り、このスタジアムで観戦を予定されている方、このスタジアムの観戦者用駐車場はスタジアムからやたらと遠いので注意。駐車後、無料シャトルバスでスタジアムへ向かうことになるが、時間帯によってはけっこう混んで時間がかかってしまう。
1988年UEFA杯決勝第2戦:
バイヤー・レバークーゼン - エスパニョール (3:0, 3:0
延長, 3:2 PK)
レバークーゼンでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2006年05月30日 △ 2 - 2 vs 日本代表
2002年05月18日 ○ 6 - 2 vs オーストリア代表
2001年03月24日 ○ 2 - 1 vs アルバニア代表 (2002年W杯予選)
1999年06月04日 ○ 6 - 1 vs モルドヴァ代表
1995年10月08日 ○ 6 - 1 vs モルドヴァ代表 (EURO96予選)
1991年12月18日 ○ 4 - 0 vs ルクセンブルク代表
(EURO92予選)

ケルン
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
ドイツの大都市の一つ、ライン川沿いの町ケルン。このケルンをホームタウンとするブンデスリーガの古豪こそが、初代のブンデスリーガチャンピオンである1.FCケルンであり、そのホームスタジアムが旧ミュンガースドルファー・シュタディオン、現在のライン・エネルギー・シュタディオンである。戦後まもなくに作られたこのスタジアムでは、1952年以降、ドイツ代表が数多く行われてきた。とりわけ89年の対ウェールズ戦は、90年W杯予選の最終戦にあたり、負けたら予選敗退の可能性もあった重要な一戦であった。2-1でむかえた試合終盤、GKボド・イルクナーを中心としたドイツの守りが、ウェールズ代表の攻撃を何度も防ぎ、辛くも予選通過を果たした場所である。さらに90年代に入ってからは練習試合が2度行われるにとどまるも、対ナイジェリア、対ブラジルと強豪相手に、いずれもW杯本大会をひかえた重要なテストマッチであった。また、このスタジアムは88年欧州選手権の会場としても利用されており、予選グループの2試合が行われている。
改築にあたり2002年7月にスタジアム名を、長年親しまれてきたミュンガースドルファーからライン・エネルギー・シュタディオンと改名した。これはGEWライン・エネルギー株式会社がスタジアム名の権利を2009年までの契約で買い取ったことによるもの。
2005年に行われたコンフェデレーションズ杯では当地で3試合が行われ、その中には日本代表vsブラジル代表の一戦も含まれる。王者ブラジル相手を日本が引き分けまで追い詰めたこの試合では、中村俊輔のビューティフルゴールが大きなインパクトを残した。
2006年ドイツワールドカップでは、チェコvsガーナ、スウェーデンvsイングランドなどのグループリーグにおける好ゲームの他、決勝トーナメント1回戦のスイスvsウクライナの会場にもなった。

ライン・エネルギー・シュタディオン
(旧ミュンガースドルファー・シュタディオン)
(2006年ドイツワールドカップ開催スタジアム)
収容人数: 42,000人(全席屋根付き)、座席数:
37,000席、立見席数: 5,000席
スタジアム形態:
サッカー専用スタジアム、完成年: 1947年、ホームチーム: 1. FCケルン
スタジアムアクセス:
中央駅からは市電(16、17、18、19系統)で「ノイマルクト(Neumarkt)」まで行き、そこで1系統の「ユンカースドルフ(Junkersdorf)」方面行きに乗り換えて「ライン・エネルギエ・シュタディオン(Rheinenergie-Stadion)」下車。
中央駅からノイマルクトまでは、市電といっても地下を走る。中央駅の地下が乗り場だ。もっとも、2駅で着く距離で、この中央駅とノイマルクトの間はショッピングストリートになっているので、地上をブラブラ歩いていくのも悪くない。ノイマルクトからスタジアムまで行く1系統は地上を走っている。したがって、乗り換えの際には地下から地上に上がることに。ノイマルクトからスタジアムまでは10駅、時刻表では所要時間16分だが、試合当日は余裕もって行動されたい。
1988年欧州選手権西ドイツ大会:
予選グループ 1: イタリア - デンマーク (2:0)
予選グループ 2: オランダ - ソビエト連邦 (0:1)
2005年コンフェデレーションズ杯
グループリーグ第1戦:
アルゼンチン - チュニジア (2:0)
グループリーグ第2戦: チュニジア -
ドイツ (0:3)
グループリーグ第3戦: 日本 -
ブラジル (2:2)
2006年ワールドカップドイツ大会
グループリーグ第1戦(グループD):
アンゴラ - ポルトガル (0:1)
グループリーグ第2戦(グループE):
チェコ共和国 - ガーナ (0:2)
グループリーグ第3戦(グループB):
スウェーデン - イングランド (2:2)
グループリーグ第3戦(グループG): トーゴ
- フランス (0:2)
決勝トーナメント1回戦 : スイス -
ウクライナ (0:0 PK0:3)
ケルンでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2007年09月12日 ○ 3 - 1
vs ルーマニア代表
2005年06月18日 ○ 3 - 0 vs チュニジア代表
(2005年コンフェデ杯)
2004年03月31日 ○ 3 - 0 vs
ベルギー代表
1998年04月22日 ○ 1 - 0 vs ナイジェリア代表
1993年11月17日 ○ 2 - 1 vs ブラジル代表
1989年11月15日 ○ 2 - 1 vs ウェールズ代表 (1990年W杯予選)
1987年04月18日 △ 0 - 0 vs イタリア代表
1984年10月17日 ○ 2 - 0 vs スウェーデン代表 (1986年W杯予選)
1982年04月14日 ○ 2 - 1 vs チェコ・スロヴァキア代表
1979年10月17日 ○ 5 - 1 vs ウェールズ代表 (EURO80予選)
1977年04月27日 ○ 5 - 0 vs 北アイルランド代表
1970年10月17日 △ 1 - 1 vs トルコ代表 (EURO72予選)
1966年11月19日 ○ 3 - 0 vs ノルウェー代表
1959年10月21日 ○ 7 - 0 vs オランダ代表
1956年12月23日 ○ 4 - 1 vs ベルギー代表
1953年03月22日 △ 0 - 0 vs オーストリア代表
1952年05月04日 ○ 3 - 0 vs アイルランド代表

メンヒェングラッドバッハ
(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
メンヒェングラッドバッハは、名門ボルシア・メンヒェングラッドバッハの本拠地だが、これまで国際試合を開催できるスタジアムがなかったため(有名なベーケルベルク・スタジアムは国際基準を満たしていないため、欧州カップ戦などは別会場で行われていた)、ドイツ代表の試合は行われてこなかった。しかし、ドイツワールドカップの会場として立候補する際に、新スタジアムの建築計画を発表。
残念ながらワールドカップ会場争いには敗れたが、新スタジアムの建設は行われ、2004年7月30日に完成した。翌2005年6月には、さっそくロシア代表をむかえてドイツ代表Aマッチが実現。スタジアム周辺には練習場もあり、まさにボルシアパークとなっている。
シュタディオン・イム・ボルシアパーク
収容人数: 54,019人(全席屋根付き)、座席数:
37,874席、立見席数: 16,145席
スタジアム形態:
サッカー専用スタジアム、完成年: 2004年、ホームチーム:
ボルシア・メンヒェングラッドバッハ
スタジアムアクセス:
中央駅からは7、17系統のバスを利用。試合日には「Mönchengladbach-Rheydt」駅から無料シャトルバス有り。
(リンク) シュタディオン・イム・ボルシアパルク http://www.stadion-im-borussia-park.de/
メンヒェングラッドバッハでの戦後ドイツ代表(旧西ドイツ代表)戦績
2006年06月02日 ○ 3 - 0 vs コロンビア代表
2005年06月08日 △ 2 - 2 vs ロシア代表
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