2002年以降に招集された代表選手の中では、ヴェアンスに次ぐ古株の一人。既に94年米国W杯の前の93年6月のブラジルとの親善試合で代表デビューを果たしている。米国W杯の出場はかなわなかったが、その後EURO96、98年仏W杯、EURO2000、02年日韓W杯と国際舞台には常に出場し、ドイツを代表する選手の一人。 元々90年代前半にはバイエルンにて7シーズンプレーし、その後ミラン、ミドルスブラ、リバプールと渡り歩き、クラブシーンでも国際舞台を相手にキャリアを積んでいった。現在はスパーズに所属。意外と少ない完全に左利きの選手という意味では、これまでドイツの左サイドには不可欠な存在だった。ディフェンスはともかくも、その攻撃センス、そしてフリーキックに注目。 日韓W杯では、頭をモヒカン刈りにして頭髪部分をドイツ国旗の三色に染め上げる愛国者ぶりを発揮。グループリーグの3試合にフル出場。最終戦のカメルーン戦では、相手選手とユニフォームを引っ張り合って睨みをきかせる場面も。しかし、これでイエローもらって決勝Tのパラグアイ戦は累積警告による出場停止。続く米国戦ではフル出場を果たすも活躍できず、準決勝、決勝についてはボーデに先発を譲ることになった。 そしてW杯後の02/03シーズンはケガに悩まされ、クラブでは10試合の出場にとどまり、W杯以降代表でプレーする機会には恵まれていない。既に年齢も30を過ぎ、同じポジションではトビアス・ラウらの若手が台頭しつつあることも事実。EURO96以降、ドイツ代表を支えてきたこの左サイドのタレントも、そろそろそのポジションを後継に譲る時が来ているのかもしれないと思われていた。 しかし、フェラー監督のサプライズ人事(単に不可解?)により、EURO2004本大会のメンバーに名を連ねることになり、直前のマルタとの親善試合で、日韓W杯以来11ヶ月ぶりの代表復帰。とはいえ、本大会での出場機会はなく、これを最後に代表とは本当に縁遠い存在に。 クラブシーンでは、EURO2004後にボルシア・メンヒェングラッドバッハへ移籍してブンデスリーガ復帰。ベテラン選手としての活躍が期待されたが、ケガに悩まされるなどして04/05シーズンの出場機会は13試合にとどまり、2005年10月に現役引退を発表した。 プライベートでは、97年12月にピア夫人と結婚、翌2月にはアレッサンドロ・クリスティアン君が、さらに99年5月にはマリアちゃんが生まれた。またピア夫人の娘であるカタリーナちゃんも家族の一人。 ※1972年2月1日生まれ、187センチ、81キロ。 ※2002年日韓W杯、2000年欧州選手権、1998年W杯、1996年欧州選手権出場。 ※代表デビュー: 1993年06月10日[親善試合]△ 3 - 3 (N) vs ブラジル代表 ※本人公式サイト: http://www.christianziege.de/
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