ドイツを代表する猫背ストライカー。スイス出身で父親がベルギー系でアーヘン出身のドイツ人、母親がイタリア人というコスモポリタンな家庭に育つ。父親同様にドイツ国籍を得たが、18歳の時にイタリアもパスも取得。ドイツ代表になりたかったという父親の影響で、幼い頃からサッカーを始め、スイス国内でプレー。やがて移籍先のスペインのテネリフェで、後にロストックの監督となるリーネンの目にとまり、ドイツのハンザ・ロストックへ入団。そこで父親の母国語となるドイツ語を学び、異色の国際派ストライカーとして大活躍。 1997年、シーズン途中からハンザ・ロストックへ加入したノイヴィルは17試合に出場し8得点と活躍。降格ラインを彷徨っていたチームも、6位という好成績を残した。また、さすがにいきなりフランスW杯に召集されることはないものの、W杯後の秋のマルタ代表との親善試合で代表デビューも果たした。この時一緒にテストされたのが、チームメイトのマルコ・レーマー(現ヘルタ・ベルリン)。一般に、この97/98シーズンのロストックの快進撃の立役者は、このノイヴィルとレーマーという、旧東独チームから生まれた二人の新星とされている。 しかし財政上の問題から評価の高まった選手を留めておくことが困難なロストック。案の定、翌シーズンは14位と再び低迷し、この責任をとってリーネンも解任されてしまった。そして、ノイヴィルはレバークーゼンに移籍することに。その後は、新天地のレバークーゼンでも活躍し、右ウィングとしてEURO2000のドイツ代表候補になったが、2トップを置くリベックの構想から漏れるというショッキングな形での代表落ち。彼が表舞台に立つには2002年のW杯まで待つことになり、彼は既に29歳になっていた。 日韓W杯予選ではプレーオフも含めて7試合に出場したノイヴィルは、01/02シーズンはチャンピオンズリーグ出場など過密日程を強いられていたレバークーゼンに所属していたため、W杯直前のテストマッチは米国戦のみの出場となった。その米国戦は、彼の第二の故郷であるロストックで開催され、ファンの声援の中で自らゴールも記録している。 フェラー監督がヤンカー&クローゼの2トップをレギュラーFWと指名した日韓W杯では、当初グループリーグにて2試合途中出場するにとどまった。しかし、先発出場の機会が巡ってきたパラグアイ戦で終了間際に決勝ゴールをマーク。以後、決勝トーナメントでは4試合全てに先発出場、決勝ブラジル戦ではフル出場し、右サイド中心にピッチを駆け回りチームに貢献した。 W杯後もレバークーゼンで活躍をみせたが、03/04シーズン後半は内転筋のケガに悩まされ低調なパフォーマンスに終わった。その結果、EURO2004では代表入りを逃し、4年半プレーしたレバークーゼンとの契約は更新されずに放出されることになり、同じNRW州の古豪ボルシアMGに新天地を求めた。 移籍後最初のシーズンとなる04/05シーズン、ノイヴィルは水を得た魚の如く前線でハッスルプレーを展開。時には右手でゴールを決めて物議を醸したこともあったが、公式サイトも立ち上がるなど、BMGサポとは良好な関係を築きつつある。シーズン前半の活躍ぶりが認められて、クリンスマンからも代表復帰の声がかかり、対スロヴェニア戦で11ヶ月ぶりのプレー。しかし、これといったパフォーマンスを示せず、その後は再びクラブでのプレーに専念する状態が続いていた。 しかし、コンフェデレーションズ杯後の2005年秋以降、再び代表でのプレーの機会が与えられ、トルコ戦、アメリカ戦でゴールをマークするなど地味にアピール。また、クラブシーンではシーズン後半に活躍し、クリンスマン監督へ最後のアピール。その結果、クラーニーとのFW枠争いを勝ち抜き、ドイツ・ワールドカップに向けた代表メンバーに名を連ねた。そのワールドカップでは、第2戦のポーランド戦で決勝ゴールをマーク。マイク・ハンケとのサブ争いに勝ち、全試合に途中出場。ベテランFWとしての存在感を示した。 2007年夏、所属するボルシア・メンヒェングラッドバッハが2部へと降格することになったが、ノイビル大帝自身もチームに残留して2部で戦うことを決意、ベテランFWの新たな戦いが始まった。 プライベートでは、イタリア人のウィルマさんとの間には、一人息子のラルス・オリヴァー君がいる。2004年夏にウィルマ夫人と離婚が成立。現在は単身でドイツにて暮らしている。またチェルシーという名の愛犬チャウチャウを飼うペット好きとして知られていたが、2005年1月に他界されたことを自身のウェブサイトで明らかにしている。趣味はテニスと音楽鑑賞。なお「Neuville」はベルギー系の名前で本来は「ヌヴィユ」と聞こえ、以前は当サイトでもそのように表記していたが、管理人の好みから最近はあえて愛嬌のある「ノイビル」という表記を使うようにしている。 ※1973年05月01日生まれ、171センチ、64キロ。 ※2002年日韓W杯出場。 ※代表デビュー: 1998年09月02日[親善試合]○ 2 - 1 (A) vs マルタ代表 ※本人公式サイト: http://www.oliverneuville.de/
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