ケビン・クラニーはブラジル出身で、ブラジル、パナマ、ドイツの3重国籍を持つ異色のストライカー。ハンガリー系ドイツ人でホテル経営者だった父を持つ。その父がパナマ人女性のカルメンさんと結婚しブラジルに移住、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでクラニー少年が誕生したことで、このようなコスモポリタンなバックグラウンドが形成された。ケヴィン少年は、そのブラジルで少年時代を過ごし、サッカーを始める。最初はリベロのポジションだったが、すぐにフォワードにコンバートされて頭角をあらわしたとか。 その後14歳の時に、母の故郷であるパナマに移住。しかしその1年後、両親の離婚にともない、クラニーは単身、ドイツ・シュツットガルト郊外に住む両親の友人宅に預けられることに。ブラジル、パナマでサッカーを続けてきたクラニーは、同地で名門VfBシュツットガルトのユース部門に入団。ドイツ語のたどたどしかった彼だが、そこでサッカー選手としてさらに大きく成長することになった。 トップチーム昇格の機会は意外と早く訪れる。19歳になった2001年、シーズン前のキャンプでマガト監督の声がかかり、トップチームの合宿に参加。そこでのアピールが奏功し、なんと01/02シーズンの開幕戦、対ケルン戦で、当時クラブの救世主として注目されていたブラジル人FWアデーマーと2トップを組んでブンデスリーガデビューを果たした。しかし、結局このシーズンは、開幕から3試合連続で出場を果たすものの、シュツットガルトのFW陣の層の厚さから、5試合1得点と出場機会にはそれほど恵まれず、アマチュアチームでのプレーが中心となった。 そして、ドイツのみならず世界中のサッカーファンが彼の名前を耳にするようになるには、02/03シーズンを待つことになる。シーズン序盤こそスーパーサブとしての途中出場だったが、先発出場の機会を得た第5節から第9節までの5試合、さらに5節の後のUEFA杯とあわせて、6試合9得点と大活躍。この間、チームもリーガで3勝1分1敗と勝ち越し、まさにチーム躍進の原動力に。こうして、少ないチャンスをしっかりものにしたクラニーは、以後シュツットガルトのスタメンFWとして活躍するに至り、終わってみればシーズン通して15得点をマーク。ドイツ人FWとしてはトップの成績を残した。 一方、代表レベルでは、ドイツだけでなく、ブラジル、パルマ、さらには父親のルーツであるハンガリーと4つの国の代表選手になれるチャンスがあった。実際、このことを知ったハンガリーサッカー協会が彼に触手を伸ばしてきたというエピソードを日本のWSD誌とのインタビューで話している。しかし、結局は父の祖国であり、ユース時代を過ごしたドイツでの代表入りを決意。ブンデスリーガでの活躍を引っ提げてU21ドイツ代表に選出されるようになり、A代表入りも時間の問題と言われた。 同年代のベンヤミン・ラウトが先に代表デビューを果たし、またトビアス・ラウ、ハンノ・バリッチといった仲間も同時に代表デビューを果たす中で、彼は若干遅れて2003年3月、EURO2004予選の対リトアニア戦で、トップフォームではなかったオリヴァー・ノイヴィルに代わり初招集された。そしてその試合で途中出場という形で代表デビュー、得点こそあげられなかったものの、ドイツ代表の新たなFW戦力としてファンの期待を一身に背負うことになった。 その後、フェラー監督の下でEURO予選や親善試合にてコンスタントに出場機会を与えられ4ゴールをマーク。EURO2004本大会では、得点力不足を指摘されるドイツ代表FW陣の中で、レギュラー選手としての活躍が期待された。しかし、結果は無得点にとどまり、チームもグループリーグ敗退。苦い経験となった。 クリンスマン新監督の監督デビュー戦となったオーストリア戦では、ケビン・クラニーはいきなりハットトリックを達成して、監督の信頼を得た。その後は引き続き、ドイツ代表のエースストライカーとして君臨。コンフェデレーションズ杯終了までに14試合に出場し10得点をマークした。またクラブレベルでも、シュツットガルトでの4シーズン目となった04/05シーズンは、29試合の出場ながら13得点を記録。シーズン終了後には、移籍金700万EURでのシャルケへ移籍。誰もが、ドイツ・ワールドカップへ向けて彼が一段と飛躍するものと思っていた。 しかし、05/06シーズンは不調続きで、代表でも秋以降の試合で連続ノーゴール。とうとう2006年には代表落ちを経験。クリンスマン監督はクラブでの奮起を見て判断と、ケビン・クラニーに試練を課したが、クラニーはそれを乗り越えられなかった。結局、ドイツ・ワールドカップではメンバー落ちを余儀なくされ、大きなショックを受けることになった。 それでも02/03シーズン以降コンスタントに2桁得点をマークしてきたクラーニーは、ポストW杯の06/07シーズンにも15ゴールをマーク。レーブ監督の下で2007年にドイツ代表戦9試合に出場し5得点。ドイツ代表には不可欠なFWである。 ※1982年03月02日生まれ、188センチ、78キロ。 ※代表デビュー: 2003年03月29日[EM予選]△ 1 - 1 (H) vs リトアニア代表 ※本人公式サイト: http://www.kevin-kuranyi.de/
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