ベルリン出身のロベルト・フートは、地元ウニオン・ベルリンのアマチュアチームで成長株だったが、名門チェルシーFCのスカウトの目に留まり、2000年7月に若干15歳にして同クラブへ移籍。英国の地に渡り、さらに研鑽を積むことになった。それから2年後の2002年5月、スカウトの目は正しく、対アストン・ヴィラ戦で若干17歳ながらにして、強豪チェルシーにてプレミアリーグデビューを果たし周囲を驚かす。続く02/03シーズンこそ出場に恵まれなかったものの(リーグ戦では2試合のみ出場)、アブラモビッチ会長がかき集めた並み居るスター選手軍団の中で03/04シーズンは16試合、04/05シーズンは10試合に出場した。 ドイツ代表としても、飛び級でU21代表として、地元ドイツで行われた2004年欧州選手権に参加。その後、2004年夏にクリンスマンがドイツ代表監督に就任すると、彼の初采配となるオーストリア戦を前にしてドイツ代表へ招集されることに。もっとも、これは既に招集されていたフリードリッヒとノヴォトニーがケガで辞退したことによる追加招集であったが、形はどうであれ、フートにとっては願ってもないチャンスであった。結局、出場機会は終了間際の数分間に留まったが、ちょうど20歳の誕生日をむかえた2004年8月18日、イングランドでキャリアを積む若手DFはフル代表デビューを果たした。 その後、翌月に行われたブラジル戦では先発でフル出場。相手FWのアドリアーノを完全におさえて、高評価を得ることができ、その後、W杯プレ大会のコンフェデ杯までコンスタントに出場機会を重ねた。もっとも、その中では前半早々ハンドで退場処分となるといったアクシデントもあったが(北アイルランド戦)。 皮肉なのは、コンフェデ杯の決勝進出をかけて戦った、準決勝ブラジル戦。あのアドリアーノと再戦することになったわけだが、今度は、とめられないどころか、PKを与えたり、失点を許すなどやられたい放題。いくら世代交代とはいっても、経験不足のフートでは若すぎるんじゃないか!?という声。それでも、会場にはブーイングではない彼への声援、「フーーーーーーーーーーーーートォ!」の声が響き渡る。ワールドカップに向けて、多くのファンがその成長を期待してきた。そして、メツェルダーにレギュラーポジションは譲ったものの、控えのCBとしてワールドカップのメンバーにも選ばれた。 またクラブシーンでは、06/07シーズンから、これまで在籍していたチェルシーFCを離れ、同じプレミアリーグのFCミドルスブラでプレーすることになった。 ※1984年08月18日生まれ、191センチ、81キロ。 ※代表デビュー: 2004年08月18日[親善試合]○ 3 - 1 (A) vs オーストリア代表
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