"ヒッツ"ことトーマス・ヒツルスペルガーは、1982年春、ミュンヘンにて7人兄弟の末っ子として生まれた。5人の兄と1人と姉を持つこの少年は、4歳の時からサッカーを始め、7歳の時に名門FCバイエルン・ミュンヘンのユース部門に入団。以来、18歳になるまで同クラブで研鑽を積んできた。一方、学校卒業後には、ガストロ・サービス社で営業職の職業訓練を受け、手に職もつけていた。 とはいえ、サッカーで飯を食うだけの実力は十分にあった。2000年には、職業訓練中に知り合った現在の彼女インガさんとともに渡英。バーミンガムへと引っ越した。その理由はといえば、アストン・ヴィラへの入団である。入団直後の00/01シーズンこそ、若干18歳の若者には1試合しか出場機会が与えられなかったが、翌01/02シーズンには12試合に出場し、プロ初ゴールもマークした。またシーズン途中に2ヶ月間チェスターフィールドへレンタルにも出されて経験を重ねていった。 そして02/03シーズン以降は、アストン・ヴィラの中盤を支えるキー・プレイヤーにまで成長。中盤で攻撃の起点となる一方、ロング・レンジから放たれる思い切りの良いシュートも魅力の一つに数えられた。これだけ若くしてプレミアリーグで活躍する選手に対してドイツサッカー協会からお声がかからないわけはなく、81年組のU21ドイツ代表としてもコンスタントに招集され、2004年のU21欧州選手権(ドイツで開催)でもメンバーに名を連ねた。 A代表でユルゲン・クリンスマン氏が監督に就任すると、フートに続くイングランド組若手選手として、2004年10月のイラン戦にて初招集され、途中出場ながら代表デビューの機会も得た。イングランドではボランチの位置でプレーするセントラルMFとして認知されているが、この時起用されたポジションは、中盤の左サイド、さらに続くカメルーン戦では、ラームと交代で左SBの位置でテストされた。これは、ヒツルスベルガーが現在のドイツ代表には貴重な左利きの選手であることにも起因する。また、正確なキックも彼の売りであり、カメルーン戦では終了間際にフリーキックを担当。クローゼのシュートをお膳立てしてみせた。 プレミアリーグのシーズン中であったアジアツアーには参加できなかったものの、翌2005年前半の親善試合は全試合フル出場。コンフェデレーションズ杯でも名を連ね、グループリーグ3試合に出場した。クラブシーンではアストン・ヴィラで5シーズンプレーしてきたが、05/06シーズンを前にVfBシュツットガルトへの移籍。このシュツットガルトでの1年目、必ずしもコンスタントに出場機会を得られていたわけではなかったが、クリンスマン監督はドイツワールドカップの代表メンバーの1人としてヒツルスペルガーを選出。それでも、出場機会には恵まれず、消化試合に等しい3位決定戦にて最後に10分ほどピッチに立つだけであった。 ※1982年04月05日生まれ、183センチ、75キロ。 ※代表デビュー: 2004年10月09日[親善試合]○ 2 - 0 (A) vs イラン代表 ※本人公式サイト: http://www.thomas-hitzlsperger.de/
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