アンドレアス・ゲルリッツは、ミュンヘンから南西方向へ下ったところにある田舎町ヴァイルハイムに生まれ育った。地元のアマチュアサッカー選手だった父親の下でサッカーを始め、父がユースチームの監督を務めていた隣町のTSVロット・レヒに入団。14歳になるまで同クラブで成長を続けた。 彼と全く同じようなキャリアを積んでいたベンヤミン・ラウトが10歳でTSV1860ミュンヘンに入団したのに対して、同学年の彼は14歳の時にバイエルン州の名門クラブの一つである、同クラブのユースチームの一員となった。その後は、U15以降各年代のドイツ代表にも選ばれる逸材として注目されながら、エリートコースの階段を着実に上っていった。そして2002年には1860ミュンヘンのトップチームに呼ばれて、ニュルンベルク戦でブンデスリーガデビューを飾った。同じオーバーバイエルン出身の若手ホープである、ラウトとどうしても比較されがちなのだが、ラウトが02/03シーズンにレギュラーの座を確保する一方で、ゲルリッツが表舞台に立つのは1年遅れることになった。03/04シーズン、当時のファルコ・ゲッツ監督の下でレギュラー選手としての地位を確保し、安定したプレーを披露。しかし、チームはブンデスリーガ降格の憂き目に遭ってしまった。 チームメイトのラウトがハンブルガーSVへの移籍を決める一方で、ゲルリッツにもたらされた新天地は、名門バイエルン・ミュンヘンであった。ファンからすればいわゆるライバルチームへの移籍ではあるが、彼にとっては大きなキャリアアップである。しかし、選手層の厚いバイエルン・ミュンヘンでは、1860時代以上の熾烈なポジション争いが待っていた。彼はフランス代表サニョールからポジションを奪わねばならなかった。それでも、開幕戦でスタメンデビューの機会を得たゲルリッツは、「Kicker」採点2.5の高パフォーマンスを披露。強豪バイエルンにおいても、その存在感を大きく示している。 結果、81年組のU21代表としてU21欧州選手権メンバーにも名を連ねていた彼は、2004年9月のブラジル戦でいよいよA代表への昇格を果たした。デビュー戦こそ、残り約5分間出場の形式的なものに終わったが、続くイラン戦では右SBとしてフル出場を果たした。4バックスタイルがすっかり定着しつつあるクリンスマン政権においては、今後貴重な右SBの人材として注目される。とはいえ、代表でも、ヒンケル、フリードリッヒといったEURO2004メンバーとの熾烈なポジション争いが待ちかまえているのも、プロとしての現実だ。 そして、せっかく飛躍のシーズンと思われた04/05シーズンはケガに泣かされ、クラブでのプレーは7試合にとどまった。その後も選手層の厚いバイエルン・ミュンヘンで出場機会を得られない日々が続いた。そこで、07/08シーズンにはカールスルーエSCへレンタルされることに。ブンデスリーガに昇格したばかりの同クラブでコンスタントに出場機会を得ることに成功。2004年のイラン遠征以来、代表からも遠ざかっている。今後、再び代表に呼ばれる日は来るのか? ※1982年01月31日生まれ、179センチ、74キロ。 ※代表デビュー: 2004年09月08日[親善試合]△ 1 - 1 (H) vs ブラジル代表 ※本人公式サイト: http://www.andreasgoerlitz.de/
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