ポーランド出身で1991年にドイツの国籍を取得したスラヴ系東欧移民。ボーフムには1996年から所属し、同クラブで成長し頭角をあらわしていった。2000/01シーズンにはブンデスリーガデビューし、シーズン通して22試合に出場。しかしエレベーターチームとして有名な同クラブ、シーズン終了後は再び2部降格。しかし、「2部で強い」ボーフムは1シーズンですぐに1部復帰。その1部復帰を目指して2部で熾烈な昇格争いを展開する中で活躍をみせたフライヤーは、02年5月に行われたクウェート戦で他の若手ホープらとともにフェラー監督に召集され代表デビューを果たした。その後、8月のブルガリア遠征のメンバーにも入り、そのブルガリア戦では先発出場。前半45分、右サイトでその存在をアピールした。 ドイツ代表のメンバー発表などで用いられる、パウル・フライヤーという名前で日本でも知られているが、長く在籍するボーフムではファンに親しまれる存在のこのスラヴ系の若者は、ファンから親しみをこめてスラヴォ・フライヤー(省略されることが多いがスラヴォミールというファーストネームを持っている)と呼ばれてきた。 そして、2004年夏からは強豪レバークーゼンへ移籍、新天地ではチャンピオンズリーグでの活躍も期待されており、EURO2004での代表メンバー入りも果たした。しかし、直後のマルタ代表との親善試合で負傷退場し、代表から離脱。EURO2004本大会に出場することはできず、クラブシーンでの再起が待たれた。 しかし、それには多くの時間を要さなかった。新天地のレバークーゼンでは33試合に出場し、6得点マーク。その活躍が認められ、2005年最初の代表戦となったアルゼンチン戦で代表復活を果たした。しかし、その後は、層の厚い中盤というポジションにおいて、代表での出場機会はなかなか得られていないのが現状だ。 ※1979年07月26日生まれ、180センチ、74キロ。 ※代表デビュー: 2002年05月09日[親善試合]○ 7 - 0 (H) vs クウェート代表 ※本人公式サイト: http://paul-freier.de/
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