ドルトムント郊外カメン出身で地元クラブを転々とした後VfLボーフムに入団。1997年2月15日、対MSVデュイスブルク戦でブンデスリーガデビューを果たした。その後は、エレベータークラブであったボーフムと苦楽を共にし、2度の降格と昇格も経験。ブンデスリーガ1部と2部あわせて8シーズンに渡って同クラブでプレーした。また、同時にU21ドイツ代表やTeam2006(旧A2代表)にも招集された。とはいえ、フル代表とは縁がなく、ボーフムでレギュラーDFとして活躍するようになっても、ルディ・フェラー監督の下で招集されたことは一度も無かった。2003/04シーズンには、キッカー紙の平均採点で3.16という高いパフォーマンスで、シーズン通して活躍し、また7得点を上げるというオマケ付き。この3.16という点は、ドイツ人選手の中ではヴェアンス、ノヴォトニーに次ぐ高評価である。しかし、EURO2004までに代表デビューのチャンスはやってこなかった。 しかし、2004年夏、クリンスマン新監督の下で、初めてフル代表に招集され、クリンスマン新監督の初采配となるオーストリア戦ではフル出場で代表デビューを果たした。また、その2ヶ月前には、恋人のナディーネさんと結婚。公私ともに充実した1年をむかえることになり、ようやくファーレンホルストが表舞台に立つ時代がやってきたかに思われたが、04/05シーズンはケガに泣かされ、クラブでの出場回数も少なく、代表からも遠ざかってしまった。その間に、自分のポジションであるセンターバックでは、フート&メルテザッカーという若手が台頭、脚光を浴びることに。 結局ドイツワールドカップまでに代表復帰することはなく、クラブチームでのプレーに専念。06/07シーズンも所属クラブであるブレーメンでの活躍が期待されたが、ハノーファー96とのメルテザッカー獲得交渉の中で、クラブは交換条件を受けてファーレーンホルストをハノーファー96へ放出。06/07シーズン、ファーレンホルストは新天地ハノーファー96で出直しを誓うことになった。 ※1977年09月24日生まれ、190センチ、75キロ。 ※代表デビュー: 2004年08月18日[親善試合]○ 3 - 1 (A) vs オーストリア代表
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