マルコ・エンゲルハルトは、1980年に旧東独チューリンゲン州の温泉保養地バード・ランゲンサルツァ(州都エアフルトから西へ約30キロのところにある町)に生まれた。5歳の時、地元のプロイセン・バード・ランゲンサルツァでサッカーを始め、ドイツ統一後の94年、自身13歳の時に州都エアフルトの名門クラブ、RWエアフルトのユースに入団した。 同クラブでの活躍がドイツサッカー協会の目に留まり、1999年には若干18歳にて飛び級でU21代表に選出され、その将来を嘱望されていた。3部リーグ所属のRWエアフルトでレギュラー選手として活躍後、2001年夏に、チームメイトのクレメンス・フリッツ(現ヴェルダー・ブレーメン)とともに古豪カールスルーエSCへ移籍。ブンデスリーガデビューを果たしてから同クラブで3シーズンプレー。最終的に、若くしてチームキャプテンを任されるまでに成長しその契約期間を終えた。移籍金が発生しなくなる04/05シーズンを前に、5月に1.FCカイザースラウテルンと2007年まで契約。ブンデスリーガデビューの切符をつかんだ。 もっとも、カールスルーエ時代の2003年からTeam2006にコンスタントに招集されており、ブンデスリーガデビューも時間の問題という注目株であった。結局、同世代(79年以降生まれ組)のトップ選手と比べて若干キャリアに回り道があったものの、2004年9月12日対ロストック戦でブンデスリーガデビュー、続くHSV戦では初ゴールもマークした。現在はボランチの選手として有名なエンゲルハルトだが、カールスルーエ時代はFW登録された時期もあり、前の列から下りてきたタイプ。左利きを武器に中盤の底でゲームをコントロールする。 そして2004年12月、彼には新たなチャンスが到来した。ドイツ代表アジアツアー招集メンバーのうち、バウマンとフリングスが相次いでケガを理由に参加を辞退。その結果、日本へ向けてチームが旅立つ僅かに2日前、彼はユルゲン・クリンスマンから追加招集の連絡を得た。少なくとも現段階では、バウマンやフリングスの"代替要員"かもしれない。しかし、Team2006でプレーを重ねた彼に、突然訪れた大きな飛躍のチャンスであった。実際に、日本戦で代表デビューを果たすと、タイ戦ではフル出場。 2005年に入り、ブンデスリーガ1年目を32試合出場という上々の出来で終えると、W杯プレ大会のコンフェデレーションズ杯では背番号6を与えられて代表入り。僅かとはいえ、グループリーグのアルゼンチン戦で出場機会を得た。今後は、クラブでコンスタントにプレーを続け、代表で与えられる少ないチャンスの中でどれだけのパフォーマンスを示せるかが勝負どころである。 06/07シーズンからは、2部に降格したカイザースラウテルンを退団して、1.FCニュルンベルクでプレーすることになった。 ※1980年12月02日生まれ、186センチ、72キロ。 ※代表デビュー: 2004年12月16日[親善試合]○ 3 - 0 (A) vs 日本代表
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