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チーム名: ボルシア・メンヒェングラッドバッハ (Bor. M'gladbach)
創設年月日: 1900年08月01日
会員数: 42,000人
チームカラー: 緑/白/黒
住所: Hennes-Weisweiler-Allee 1, 41179 Mönchengladbach
TEL: (02161) 92930 / FAX: (02161) 92931009
公式サイトURL: http://www.borussia.de/
クラブ組織:
会長: ロルフ・ケーニヒス氏
副会長: ライナー・ボンホフ氏、ジークフリード・ゼルナー氏
事務局長: シュテファン・シッパース氏
スポーツ・ディレクター: マックス・エバール氏
ギュンター・ネッツァーらが活躍した70年代に3連覇わ含む優勝5回という黄金時代を築いたこの古豪は、90年代後半は残留争いに加わるまでに低迷。そしてついに、98/99シーズンにリーグ最下位という不名誉な成績で2部降格。2部での最初のシーズンとなった99/00シーズンも結局5位で終わり、1部復帰にはなお時間がかかると思われたが、00/01シーズンは首位のニュルンベルクとともに上位をキープし、結果として2位で1部復帰を達成した。
このクラブの魅力はなんといっても、その熱狂的なサポーターである。2シーズン続いた屈辱の2部リーグ時代においても、その彼らが愛するチームを見放すことはなく、ベーケルベルク・シュタディオンは常にほぼ満員をキープ。アウェー戦への遠征もかかさず、こうしたサポーターの力が、1部復帰を後押ししたことは言うまでもない。
01/02シーズンの1部復帰以降、毎シーズンの如く残留争いを戦い、そしてかろうじて1部残留を決めてきた。2004年夏には新スタジアム、シュタディオン・イム・ボルシアパルクが完成。04/05シーズンからは、チームに新たな戦力として、孤高のストライカー、オリヴァー・ノイヴィル大帝を招き入れた。大帝降臨最初のシーズンこそ、残留争いに巻き込まれて15位と低迷したが、05/06シーズンは上位に進出。最終的に10位で終え、残留争いとは無縁のシーズンを送ることができた。その要因としては、ノイヴィル大帝のようなベテラン選手の背中を追いかけ、ヤンセンに代表される若手選手が成長したこと。地元メンヒェングラッドバッハ出身で、ドイツW杯では大帝とともに代表入りを果たしたマルセル・ヤンセン。まさにメンヒェングラッドバッハのオヤジたちが育て上げた自慢の息子である。
06/07シーズンはボルシアMGにとって勝負の年だった。というのも、かの名将、ユップ・ハインケス氏が監督として戻ってきたのである。79年から87年までチームを指揮し、その後はレアル・マドリードなどで監督を歴任したハインケス氏。いよいよ古豪復活を感じさせる時がきた。なお、ハインケス氏はレアル・マドリードの監督に就任する前、同じスペインのテネリフェを指揮していた。当時、そのテネリフェで活躍していたスイス出身の若きストライカーこそ、今のオリヴァー・ノイヴィル大帝である。
しかし、クラブは前半戦で大きく低迷、ウィンターブレイク中にはユップ・ハインケス監督が解任され、ゴタゴタ続きの中で最下位という最悪の結果を残し、2部へ降格することになった。シーズン終了後、ドイツ代表にも選出されるようになったヤンセンは名門バイエルン・ミュンヘンへと引き抜かれた。古豪ボルシアMGは2部でのチーム再建を余儀なくされたのである。
それでも、ヨス・ルフカイ監督の下で、僅か1シーズンで1部に返り咲くことができた。新加入のカナダ代表FWロブ・フレンドと、我らがオリバー・ノイビル大帝が、それぞれ18得点、15得点とゴールを量産。他を寄せ付けずにブンデスリーガ2部で優勝したのである。そして、ルフカイ監督指揮の下、1部復帰最初のシーズンとなった08/09シーズンにのぞんだが、スタートダッシュに失敗。ルフカイ監督が早々に解任されると、元ドイツ代表のクリスティアン・ツィーゲ氏、そして元ボルシアMG監督でもあったハンス・マイヤー氏へと引き継がれ、何とか15位で残留に成功した。
09/10シーズンからは、選手時代にボルシアMGでDFとして活躍し、引退してからはアレマニア・アーヘンやアルミニア・ビーレフェルトで指揮を執っていたミヒャエル・フロントツェック氏が監督に就任。古豪ボルシアMGは、再び1部残留を最低限の目標に、ブンデスリーガの舞台で戦う。

※( )内は順位、得点:失点、勝ち点を表す。94/95シーズンまでは、勝ち点については、勝ちは2点、引き分け1点、負けは2点として、左側が勝ちの点数の合計、右側は引き分けと負けの点数の合計である。95/96シーズンからは、現行の「勝ち点3」制度を採用している。
1987/88 1. Bundesliga (7位 55:53 33-35)
1988/89 1. Bundesliga (6位 44:43 38-30)
1989/90 1. Bundesliga (15位 37.45 30-38)
1990/91 1. Bundesliga (9位 49:54 35-33)
1991/92 1. Bundesliga (13位 37:49 34-42)
1992/93 1. Bundesliga (9位 59:59 35-33)
1993/94 1. Bundesliga (10位 65:59 35-33)
1994/95 1. Bundesliga (5位 66:41 43-25)
1995/96 1. Bundesliga (4位 52:51 53)
1996/97 1. Bundesliga (11位 46:48 43)
1997/98 1. Bundesliga (15位 54:59 38)
1998/99 1. Bundesliga (18位 47:79 21)
1999/00 2. Bundesliga (5位 60:43 54)
2000/01 2. Bundesliga (2位 62:31 62)
2001/02 1. Bundesliga (12位 41:53 39)
2002/03 1. Bundesliga (12位 43:45 42)
2003/04 1. Bundesliga (11位 40:49 39)
2004/05 1. Bundesliga (15位 35:51 36)
2005/06 1. Bundesliga (10位 42:50 42)
2006/07 1 . Bundesliga (18位 23 :44 26 )
2007/08 2 . Bundesliga ( 1位 71 :38 66 )
2008/09 1 . Bundesliga (15位 39 :62 31 )
リーグ優勝 1955/56, 1956/57, 1962/63, 1994/95, 1995/96, 2001/02
ドイツ杯優勝 1964/65, 1988/89
ドイツスーパーカップ優勝 1988/89, 1994/95, 1995/96
カップウィナーズカップ優勝 1965/66
チャンピオンズリーグ優勝 1996/97
トヨタカップ(インターコンチネンタルカップ)優勝 1997/98
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