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写真は「バイエルンvsドルトムント」後の記者会見場にて(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止)
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>> 「安藤正純の特別コラム」バックナンバー(2005年6、8月)  [ 特別コラムトップページへ戻る

「安藤正純の特別コラム」 目次

vol.25 こんな報道もありなのかぁ?と深く考え込んでしまった! (2005年11月25日)
vol.24 新幹線通勤している選手がいるのだ! (2005年11月06日)
vol.23 さよなら、「ウェストファーレン」スタジアム (2005年10月14日)
vol.22 バイエルンにおける主役と脇役の違い (2005年10月08日)
vol.21 シャルケ04とクラーニィを見直したぞ (2005年10月04日)
vol.20 インテルが何だか嫌いなワケがわかったのだ (2005年09月06日)
vol.19 ドイツ代表7つの疑問 (2005年08月28日)
vol.18 絶望的な気分で見たシュツットガルト (2005年08月16日)
vol.17 ミュンヘンに住むことにしたぞ! (2005年08月03日)
vol.16 監督の本当の評価とは (2005年06月11日)
vol.15 いろいろ比較してみたい気持ちになったぞ (2005年04月23日)
vol.14 スタジアムのプレス席と最前列 (2005年03月31日)
vol.13 一度は行こうぜ、シャルケ04! (2005年03月02日)
vol.12 スタジアムで発見されたフーリガンの落とした物 (2005年02月13日)
vol.11 インタビュー記事、受けての論理と編集者の考えでギャップが (2005年01月23日)
vol.10 編集長と「副」編集長。本当の実力者はどちらだ?(2005年01月12日)
vol.09 引退後の生活は誰にでもドラマがあるのだ(2004年12月21日)
vol.08 代表チームが初来日、さてどんな結果になるか?(2004年12月08日)
vol.07 プレス席で思ったこと(2004年11月23日)
vol.06 10試合を観戦しての短評(2004年11月18日)
vol.05 VfBシュツットガルトを応援したくなるワケ(2004年11月12日)
vol.04 大衆紙と高級紙、「マテウス」評価の裏にある社風を感じる(2004年10月24日)
vol.03 ボルシアMGはなぜ没落したか?(2004年10月07日)
vol.02 幻に終わった稲本潤一のバイエルン入団だが(2004年09月27日)
vol.01 ドイツサッカーは面白くない? 冗談じゃない、真実を見つめよ!(2004年09月23日)
vol.00 著者プロフィール

「安藤正純の特別コラム vol.17

ミュンヘンに住むことにしたぞ!

安藤正純=文・写真
text & photograph by Masazumi Ando


2005年08月03日

 バイエルン・ミュンヘンのジャパンツアーで気が付いたことがないだろうか。それは今夏、数多く来日した有名チームの中で、「もっとも一生懸命、サッカーをした」ことだ。

来日したミヒャエル・バラック選手(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) これは偉い。なぜか? 答は簡単。彼らが徹底的にプロの姿を見せたからである。来日した当日の夜、1軍半とはいえFC東京を4-0で粉砕した。前日はリーグカップを闘っていたのに、である。疲れのピークだったジュビロ磐田戦も3-1で快勝した。

 バイエルンは最初から最後まで手を抜かなかった。全力で走り、集中力を切らさずプレーした。主将のミヒャエル・バラックは両試合とも90分間フル出場した。イージーミスは皆無だった。どんなプレーにも真面目に取り組み、決してヘラヘラした表情を見せなかった。真剣だったのだ。こういう姿は観客を魅了する。そして我々は彼らを尊敬するようになる。

 試合の狭間となった29日、バイエルンはJFA(日本サッカー協会)を訪問。岡野会長らに記念品を授与し、今後の一層の交流拡大を確認しあった。日本サッカーの恩師デットマール・クラマー氏を帯同させ、会長、GM、国際関係部長、そしてカーンとバラックが同行した。単なる興行でやってきたチームは、ここまでやらない。そんなことをするヒマがあったら、有料の公開練習に精を出すだろう。チャラチャラやってるのを見せるだけで数百万円も入るのだ。堪えられないな、これは。

 日本なんて所詮、金儲けの場所でしかない――。それが夏に来日するチームの多くの共通意識である。

 だから私は、レアル・マドリードの不甲斐なさには開いた口が塞がらなかった。2週間の世界ツアーで25億円も稼ぐ彼らにとり、日本を含む世界ツアーは完全な顔見世興行。日本も中国もタイも、ベッカムが歩いただけで若い女がキャーキャー騒ぎ、ロナウドがお遊び気分でトリッキーなプレーでもすれば「オォー」とドヨめく。試合のない日は、新作映画のプロモーションを行ない、せっせと営業活動を繰り返す。

来日したフェリックス・マガト監督(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) マンUとて、たいしたメンバーが残っていない鹿島アントラーズに完敗。フィオレンティーナは中田英寿しか話題にならず、ボルトンにいたっては何のための来日か不明。バルセロナは前回の来日で約束していたはずのロナウジーニョやエトーらが参加せず、主催者がカンカンに怒った。「試合ギャラを半額にする」とまで言われりゃ、今後の営業に響かないわけがない。だからまた来たのか。

 1試合当たり1億円超のギャラはもちろん飛行機代とホテル代が別で、完全な手取り。お目当てのスター選手はフル出場なんてしない。ベッカムは中国でずっとベンチに座っていたっけ。ロベカルは東京ベルディの選手に試合中、「適当にやろうぜ。オレたちは疲れているんだから」と言いよってきたそうだ。

 フムフム、そうか。なるほど。じゃあ、そろそろ私はここで声を大にして叫びますよ。

 ふざけるな、レアル! バカにするな、バルサ! サッカー知らない米国の投資家に買収されてツアーやってる場合か、マンU!

 来日チームは日本を舐めきっている。

「スターさえピッチに送り出せば、それでいい。一応プライドがあるから大敗しちゃダメだけど、大遠征しているんだから惜敗くらいは許されるよな。しっかり選手のユニフォーム売ってよ。そこらへんで商売している偽物ユニフォームの売人は取り締まってくれ。テレビのインタビューは最低▲万円からだ。記者会見では日本人選手を獲得したいといっておけば話題になる。嘘ついたっていいぞ、所詮はリップサービスなんだから。あと、キャラクター商品の開発は進んでいるの? 業種はパチンコでもサラ金でも問題ない。金さえ入ればいいんだ」

 こんなところだろうな、ヤツらの魂胆は。

 ではバイエルンも"同じ穴のムジナ"だったのだろうか。そうじゃない。彼らは日本を決して金儲けの手段として捉えるのではなく、"対等なパートナー"として付き合おうとしているのである。

 それを証明できる材料を私はいくつも持っている。すでにワールドサッカーダイジェストの読者だったら知っていることだが、盟友マーティン・ヘーゲレがこの4月よりバイエルンの職員として働いている。国際関係部の部長だ。スター記者の職を投げ打ってまで彼を第二の人生に挑戦させたキッカケは、バイエルンのアジア重視戦略と、彼らのビジネス面でのモラルの高さであった。

クラブとともに来日した、カール・ハインツ・ルンメニゲ会長(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) マーティンは7月4〜10日に単身来日。6日間で23件の会合をこなし、日本の関係者が有名チームとの対戦で何を考え、何を望んでいるかを聞いた。そして2週間後の25日、チームに先立ち、再び来日。ホテルの自室で私と彼は、バイエルンのサッカーと日本に対する真摯な態度をテーマに語り合った。

 彼らは目先の利益など追求しない。そんなのは慢性的に大赤字のレアルやイタリアのチームに任せておけばいい。大幅黒字のバイエルンは、今年の儲けや5年後の借金返済など眼中にない。それよりも日本とさらに親密な関係を築き、真のパートナーシップを結んで、両者の利益を図ることに関心を寄せている。これが意味するのは、クラブ単体の利益だけではない。ブンデスリーガの、そしてドイツサッカーとJリーグのお互いの利益が目標なのである。

 もともと、真面目で勤勉な国民性という共通点がある。気心は知れているから、ふざけた試合をすれば、その後の対応も想像できる。ラテンのようなケセラセラ、アスタマニャーナの精神は通用しない。そうであるからこそ、彼は厳格に試合に臨んだ。だから我々はバイエルンに共感を抱いたのである。

 ドイツでオンリーワンの存在たるバイエルンは、日本でまだまだ本当の姿が知られていない。そこで私は決心した。バイエルンとドイツサッカーの底力を味わってみよう。そのためにミュンヘンに住もう、と。

 この原稿は7月31日の23時に書いた。飛行機の出発は明日だ。これから3ヶ月間、じっくりドイツを観察してくる。住まいは中心部のアパート。バイエルンのクラブハウスまでドア・ツー・ドアで30分の距離。移動がない日は、バイエルンの練習に通うのが日課となる。

<おまけのコラム>
 7月29日、東京のドイツ大使館でバイエルン歓迎レセプションが開催された。仕事からの解放感も手伝い、この日、私は完全なファンと化した。お決まりのVIPご挨拶が終了すると、選手が広い庭に続々と入ってきた。

来日したオリヴァー・カーン選手(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) カーンと話を交わした。

 疲れてない?「大丈夫さ」。最近ずっと君についての原稿を書いているよ。物語あり、インタビューありでね。試合パンフレットのインタビューもやった。全部、カルロと組んでやったんだ。「あぁ、カルロ・ビルト(KICKER副編集長)だな。毎回、よく話をしているよ。あいつには何でも喋れるんだ」。我々の会話はまるで10年来の友人のような気楽さだった。

 シュバインシュタイガーとはこうだった。

 元気だね。すごいスタミナだ。「いつもこんな感じだよ」。チーム唯一の地元出身選手だって?「え、そうなの?」。だってバイエルン州出身は君だけだよ。「えーと(ちょっと考えて)あぁ、そうかもしれないな」

 その他、サリハミジッチ(上機嫌)、ゲレーロ(恥ずかしがり屋)、ルシオ(大人しい)らと会話をかわした。

 真っ暗な庭で写真を撮影した。どれも綺麗に写っていた。これはデジカメのおかげだ。この日、私はPanasonicのLUMIX『FX-8』を手に入れていた。初めての撮影チャンスがこのパーティだった。別にPanasonicのPRマンじゃないが、FX-8は絶対にお薦めのデジカメである。CMの宣伝内容は嘘じゃなかった。スローシャッターでストロボを焚いてもブレない。そして高画質。バラックの髪の毛1本1本まで鮮やかに写っているじゃないか。すっかり気に入った。これを持ってアリアンツアレーナの内部も練習の模様も撮影してくる。ビデオ機能だって付いているんだからね。ホント、凄いデジカメである。詳細は以下のURLを参照のこと。

 http://panasonic.jp/dc/fx8/index.html

(次回に続く)

「安藤正純の特別コラム vol.16

監督の本当の評価とは

安藤正純=文・写真
text & photograph by Masazumi Ando


2005年06月12日

 年配の日本人にとり、デットマール・クラマー氏は"サッカーの神様"である。若い読者はこの名前を聞いてもピンと来ないかもしれないが、現在の日本サッカー界の重鎮たちはほとんど全員、クラマー氏から直接指導を受けている。川淵、岡野、長沼、釜本、杉山、横山、森氏らは現役時代、この人からインサイドキックやシュートを習った。見るもの聞くもの初めてのことばかり。日本の若者は驚くばかりだった。そして従順にクラマー氏の指導に従っていった。結局この時の指導が、東京五輪と次のメキシコ五輪(銅メダル)の活躍に結びついたといわれる。クラマー氏なくして、日本の栄光は築けなかったのだ。

 クラマー氏は千葉市にある東大検見川グランドという場所で日本代表チームを指導したほか、アジアの発展途上国から指導者を招き、「指導者のための指導」も行なった。

 時代は60年代。当時は予算の関係などでサッカーボールはチーム全体で数個しかなかったものだが、これを「1人1個」にと提案したのはクラマー氏だった。また、ドイツのブンデスリーガに倣って、日本に初めてサッカーの全国リーグ戦を導入させたのもこの人である。つまり日本サッカー界の始祖。大恩人なのだ。

1981年の1.FCケルンの練習風景。写真は選手時代のクラウス・アロフス氏(現ブレーメンGM)(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) その後、クラマー氏はドイツに戻り、世界各地で指導者の研修に当たった。70年代にはバイエルン・ミュンヘン監督に就任し、欧州チャンピオンズカップ優勝も果たした。

 日本では、「ボールは丸い」「ゲームの行方は最後の1秒まで分からない」「シュートは東京から横浜まで届くくらい強く打て」など、名セリフも残した。論理的に話し、とても人間味に溢れ、誰からも好かれた。日本でクラマー氏の悪口など、ひとつも聞いたことがない。それほどこの人は日本で絶対的な評価を得たのである。いま日本代表を指揮している、もう1人の神様とは住む世界が違う?

 こんな偉人ではあるのだが数年前、母国での評価を聞いてビックリした。一流とされる評論家もジャーナリストも口を揃えて「クラマー? 彼は指導者としては凡人だ」と言うではないか。神様が凡人でいい訳がない。改めて理由を尋ねると次のような答が返ってきた。

「たしかに彼は世界各地で指導を行ない、サッカーの普及に努めてきた。その功績は評価される。だがプロチームの監督としては経験が浅く、業績も多くない。例外はバイエルン時代だが、あれは(ユース時代の教え子)ベッケンバウアーなど抜群の選手がいたからであり、必ずしも監督の業績とは言えない。彼はアジア、中国、アメリカなどサッカー発展途上国向けのスペシャルコーチなのだ」

 世の中には同じ監督という職業でも、クラブチーム、代表チーム、アマチュア、指導者、子供など、それぞれのカテゴリーに適した人材に分かれているように思う。代表とクラブの監督は相互乗り入れするが、アマチュアを主に指導してきた人がトッププロの監督になるのは珍しいケースである。プロとアマチュアの差はここでは述べないが、想像以上に大きな壁が存在するとだけ言っておこう。

 奥寺康彦さんが1FCケルンでやっていた頃だから1980年だ。アマチュア出身で指導者の指導者が監督に就任した。ヘッダーゴット氏である。頭脳明晰で理論家、サッカーのことだったら1から10まで知っていると自信満々でケルンに乗り込んできた。ところが就任早々、エースのベルント・シュスターと衝突。ある意味で世間知らずの若手プロ選手を敵に回したものだから、まさに「笛吹けど踊らず」で、チームはまったく機能しなくなってしまう。連敗に次ぐ連敗で、ヘッダーゴットはあっという間に解雇された。選手を人間として扱えないからこうなった。誰もが先生の教えを静かに聞く大人しい生徒のわけではないのだ。そこがアマチュアだった。

1981年の1.FCケルンの練習風景。写真は名GK、シューマッハー選手(copyright ANDO, Masazumi、転載禁止) これとは反対に、徹底的にプロだった監督はウド・ラテックである。70年代と80年代に2度バイエルン監督に就任、リーグ3連覇とチャンピオンズカップで優勝した。驚くべきことは、こうした絶頂期に当時バイエルン最大のライバルだったボルシア・メンヘングラッドバッハに移籍したことだった。そして移籍先でも2度のリーグ優勝、UEFAカップ優勝を果たした。

 86年、ラテックはバイエルンを退団する。この時のセリフが憎かった。「オレが立つ場所は、つねに頂上しかない」――、まだ52歳の若さというのに。周囲はだが、ラテックを放っておかなかった。91年、2部陥落阻止で必死のケルンから「1試合だけだから」の殺し文句で誘われる。翌年はシャルケ04監督に就任。98年はイランから「W杯まで半年間、1億円で」のオファーが届いた(就任は拒否)。そして00年、降格危機に喘いでいたボルシア・ドルトムントは「2部陥落からチームを救えたら1億円」で監督を依頼してきた。リーグ戦終盤、たった5試合を指揮するだけである。

 毎週、スポーツ番組で遠慮のないコメントを発し、業界人としては賢人ネッツァーと並ぶほど高い評価を得ているラテック。こう考えると、監督の評価とは実のところ、獲得したトロフィーの数と報酬の多さで決まってしまうのかなと考えてしまう。クラマー氏が母国で低い評価に甘んじているのも、そう思えば納得できる。

 最近、マガート監督のインタビューを翻訳したが、マガートは「監督とは優勝トロフィーの数で評価されるのでは?」の問いに、とても冷静な答を返している。それがどんな内容かは(6月)16日発売の『ワールドサッカーダイジェスト』をご覧いただきたい。

 監督の仕事の難しさ、他人から評価される厳しさと真実との乖離。ドイツ1となったマガートは第二のクラマーでもヘッダーゴットでも、ましてやラテックでもない。それはつまり、ドイツで最高に評価されている人物が日本のサッカーメディアでまったく相手にされないということにも、どこかでつながっている。

 そう考えると、話はずれるが、私はどうしても日本の"理想の監督"なるものの危うさを感じる。「理想の〜」は、監督でも上司でも父親でもかまわない。要するに人気投票であり、イメージが先行しているだけで、中身はほとんど関係ないのだ。

 ジーコがダメだからベンゲルにしろ。こんなこと主張する連中がまたぞろ、穴の中から這い出てきた。

 あれ、そういえばトルシエ時代も、彼らは同じこと言ってなかったっけ? 当時の狼少年たちはトルシエのベスト16の快挙を褒めることなく、また自己反省もいっさいなく、4年後のいま、堂々とまったく同じことを主張しているじゃないか。「この監督じゃダメだ」「早く指導者を交代せよ」「適任者はベンゲルだ」と。

 監督は中長期で結果を残すものだ。試合をやるたびに更迭論を叫ぶのは、10年先の道のりを誤ることにつながる。クラマー氏は10年後、30年後を見据えて、リーグ戦導入を主張し、多くの指導者を育ててきた。ここを忘れてはいけない。

(次回に続く)

安藤正純(Masazumi Ando) プロフィール

 鉄人ヘーゲレ記者、レキップ誌編集長、KICKER副編集長、Times紙デスクら、欧州各国のトップジャーナリストと強力なネットワークを持つドイツ通。サッカーのほか、テニスの企画記事も得意。趣味は寄席通い。

Copyright(C) 2004 Masazumi Ando. All Rights Reserved.
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