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「安藤正純の特別コラム vol.14」
スタジアムのプレス席と最前列
安藤正純=文・写真
text & photograph by Masazumi Ando
2005年03月31日
仕事柄、スタジアムでの私の座席はつねにプレス席である。たいていは2階正面スタンドの真ん中へん、つまり最も見晴らしが良いポジションに座る。ここはピッチ全体が見渡せるし、机があって広さも十分。電気のコンセントとパソコン用のモジュラージャックが完備しており不便はない。誠にありがたい。
プレス席の作り方は、スタジアムによってかなり違いがある。例えばドルトムント、シャルケ、シュツッツガルトなどは、プレス席と一般席が厳密に仕切られ、お互いのテリトリーに入れない構造となっている。反対にバイエルン、カイザースラウテルン、マインツは記者席が柵で仕切られているわけじゃなく、横の通路は観客と共有だ。だから一般席に座る観客が、記者のパソコンを覗いたり、ノーチェックでプレス席に"侵入"することも可能なのである。
私がドイツでいちばん好きな『アレーナ・アウフ・シャルケ』は、2階席の一角がプレス席となっている。運がよければ最前列で観戦できる。ここからの見晴らしは実に素晴らしい。
しかし運が悪ければ最後列になる。ここからの眺めはお薦めできない。ピッチ全体は見渡せるのだが、天井近くを縦横に走る太いパイプがあって、どうにも視界を邪魔するのだ。ピッチは見える。だがパイプも見える。要するにちょうど眉毛のあたりにパイプがくっついた感じがして鬱陶しいのである。
そうなると、「上からよりも、下で見たほうがいい」となるだろう。実際、私はプレミアリーグで前から数えて3番目というポジションで観戦したことがあるが、あれはホント迫力があった。選手の息遣いが直に伝わり、手を伸ばせば選手の足を触れそう。「あぁ、これがイングランドのサッカーなんだなぁ」と感激したものだ。
最近のドイツのスタジアムは、プレミアリーグの"超接近モード"と違う意味で、臨場感を味わえるように設計されている。シャルケ、ハンブルク、そして恐らくミュンヘンの新スタジアムもそうだろうが、最前列の高さはピッチと同じじゃなくて、数メートル高いのだ。東京ドームの外野席の高さ程度と言えば想像できるだろうか。
これが臨場感だって? といぶかる読者がいるはず。当然だ。なんでピッチより数メートルも高い場所で臨場感が味わえるのか、と。しかしプレミアのスタジアムで体験すれば分かることだが、最前列というのは意外と観戦に不向きなポジションである。ミュンヘン五輪競技場が「満員札止め」でも必ず前の3〜4列が空いているのは、「観戦に不向き」という理由で、入場券が売られてないからだ。
一方で、最前列の高さが高くなるほど、大きな看板が作れるメリットが生じる。こちらはスポンサーが喜ぶセールスポイントである。
ピッチというのはセンターサークルを最高点にして、"かまぼこ"状に作られている。真っ平らに見えるが、実際は「どら焼き」を寝かせたような形状だ。というわけでセンターとサイドサインでは数十センチの高低差があり、これは水はけを考えての設計である。
イングランドには意識的に最前列を工夫しているスタジアムがあるのをご存知だろうか。今度、テレビでマンチェスター・ユナイテッドを見る機会があったら、ピッチの端っこがどういう形に作られているかじっくりと観察してほしい。
あそこはサイドラインの数十センチ後ろから、ザックリと土が削られている。逆に表現すれば、サイドライン付近を境に白線内のピッチだけが盛り上がっているのだ。
なぜ、わざわざこんな形状にしたのか? それはテレビ映りを良くするためである。2階席からピッチを撮影すると、ちょうど広告看板の下部分が丸見えとなり、地面との隙間や汚れが見えてしまう。そこで一段ピッチを盛り上げると、ちょうど上手い具合にサイドラインの白線と広告看板が、まるで一体化したようになり、綺麗な映像になるのだ。マンチェはこんな細かい部分にまで神経を使ってテレビ映像を利用している。これは見事だ。
防災上の規則からかもしれないが、例え満員になっても「スカスカ」の印象しか与えず、通路ばかりが目に付く日本のスタジアム管理者(設計者)とは発想の原点が違う。広島、大阪、宮城、日産、鹿島……。なぜ日本のスタジアムはあんなに通路が多いのか?
火事が恐い、パニックが恐い、他人との接触が恐い、クレームが恐いの、とにかく「何でも恐い怖い病」は日本の健全な社会作りを蝕んでいる『事なかれ主義』の象徴だと思う。
細切れの観客席はテレビ映りが悪いし、なにより必要ない通路のおかげでキャパシティだって削られているのだよ。雰囲気盛り上げるために、ちょっとは欧州のスタジアムの構造を見習いなさい!
昨年末の日独戦。私は正面スタンド1階中央という最高の席(つまりVIP席です)で観戦する機会を得た。悪名高い日産スタジアム(旧・横浜国際)だが、どうして悪名となったかは、@観客席の傾斜角度が緩すぎるA屋根の幅が不足し、雨の場合、前から数十列がびしょ濡れになる、ということだった。このうちAは01年コンフェデレーションズカップの教訓が生かされ改善されたが、@は相変わらずだ。
私の席は前から13番目くらいだったが、この当たりが高さからしてシャルケ、ハンブルク、新ミュンヘンの最前列になるはずである。つまりドイツのスタジアムは、あくまでも見やすさ最優先であり、選手のハーハー、ゼーゼーの喘ぎ声が聞こえなくてもいいわけなのだ。合理的だ。
ところで、「ライン・エネルギー」と命名されたケルンのスタジアムに私は昔、何度も足を運んだ。当時は地名をとって「ミュンガースドルファー」と呼ばれていた。ある日の試合、ゴール裏最前列で観戦してみようと思い立った。ここは熱狂的な1FCケルンのサポーターが固まっている場所だ。すべて立ち見だった。
やっぱり、というか、彼らは見やすいところから席を埋めていった。最前列で応援しようとするファンはいなかった。ほとんど地面と同じ高さだから、試合展開が見えないのだ。
そこで、ある地点をスタートラインにして、後ろへ後ろへと人の塊が発生していった。私は「最前列は誰もいないはず」と想像して前に進んだが……。いましたよ、いましたよ、ファンが。しかし人数はわずかに数人だけ。でも何だか様子がおかしい。熱心に試合を見ている感じがしないのだ。
どうしたのかなと覗いてみると、立小便をしているヤツがいるじゃないか。「ウヘヘヘ。客で一杯だからさ、人ごみを掻き分けてトイレになんか行けねえんだよな。デヘヘ」と若者は恥じなかった。たらふくビール飲んで応援するからこうなるのだよ。
隣には若い男女が仲良く立っていた。だがこちらも試合そっちのけの様子。好奇心にかられ、感ずかれないようにソッと覗いた。女が前に立ち、背後でピッタリと身体をくっつける男。その男の両手は、女のジーンズの内部に侵入したまま、モゾモゾと動いていた。女はウットリしたまま。あとは読者のご想像にお任せする。
こうして最前列とは"不穏な場所"であるのが判明したが、1つだけ利点がある。ゴールキーパーと距離が近いことだ。同じケルンのスタジアムでのことだが、トニー・シューマッハーと相手FWが何やら笑みを浮かべて話し合うのを目撃した。「おいおい、これからコーナーキックだというのに、トニーよ、そんな余裕あるのかい?」とつぶやいたけど、翌日の新聞を読んで私はぶっ飛んだ。
シューマッハーは相手FWと賭けをしたのだ。「俺がゴールを守りきったら20マルクよこせ」だって。で、賭けの相手はバイエルン・ミュンヘンFWで、現在、ヘルタBSCベルリンのGMディーター・ヘーネスだった。
スタジアムの最前列と最後尾。こんなこともあるのだ。
(次回に続く)
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