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「安藤正純の特別コラム vol.11」
インタビュー記事、
受けての論理と編集者の考えでギャップが
安藤正純=文・写真
text & photograph by Masazumi Ando
2005年01月23日
サッカー記事を扱うメディアには、インタビュー記事がよく掲載される。雑誌、新聞、そしてネット。1ヶ月を通して計算したら、かなりの本数と分量になるだろう。
インタビューの対象となるのは主に現役の選手だ。監督も話題性があれば掲載されるが、そう頻繁ではない。とにかく今や、どこでもインタビュー記事が読める。日本のメディアに登場していない欧州の選手は、もう1人も残っていないんじゃないか? そんな感じだ。
インタビューが好まれるのは、「書き原稿」(取材を通してまとめた著者のオリジナル原稿)よりも当人のナマの声を聞きたいという読者の欲求があることと、メディア側にとっては部数拡張の切り札、時には「ステータスの向上」につながる意味を含んでいるからでもある。
インタビューは各国で受け止め方が異なる。イングランドは簡単に選手のインタビューが取れないお国柄。練習は原則的に非公開、マスコミさえシャットアウトする。マンUはそれがとくに厳しい。ようやく拾えた選手のコメントは誰もが知っていることだったりするので、インタビュー記事としての価値はゼロ。契約があるからかどうか知らないが、彼らは『レッドホットニュース』(マンU所有のテレビ局が制作放映する番組)でしか話したくないらしい。というわけで、記者だったら誰もがイングランドで苦労している。
先日、ある雑誌からイタリア人選手のインタビュー依頼があった。安藤はイタリアにもネットワークがあるのだ、エッヘン。
ところが選手が所属するクラブは「インタビューを有料化した」ということで、30万円を請求してきた。そんな特別予算は考えていなかったので、残念ながら企画はボツになったのだが、「30万円はどこに流れるの?」と尋ねたら、現地の記者は「選手に入るわけじゃないようだ。クラブ側は『貧しい人たちへ寄付するための準備金にする』んだって」と説明してくれた。しかし選手のマネジャーらが仲に入っていたとしたら、そんな理想的な展開はどうしたって信じられなくなるものだ。前回も書いたが、インタビューの謝礼を選手本人に渡さず、直接自分の懐にしまい込んでしまった野郎もいるわけだしね。
イタリアは当初、インタビュー依頼を"業務上のサービス"として快く受けてくれていた。それが日本からの取材攻勢が激しさを増し、出版社の中にはゼニでカタをつけようとして無理やりインタビューをネジ込んだり、怪しげなコーディネーターなる仲介人が突如誕生したりで、選手側もだんだんと鬱陶しくなっていった。02年W杯の前年、知り合いの記者にネスタをインタビューしてもらった際、ネスタは「日本って、インタビューの時に結構な金額をくれるんだってね?」と聞き返してきたのは今でも忘れられない。もっともそのすぐ後、ネスタは「もう、日本からの取材を受けるのは御免だ」と怒っていたそうだが、何かあったのかな?
私はある出版社が、大物スター選手をインタビューするのに100万円の謝礼を払ったという話を聞いた。真偽はともかく、なんで安藤に任せてくれなかったのだろうか? 無料で済んだし、私も翻訳料で稼げたというのに(^_^)
ドイツはその点、ひじょうにオープンだ。インタビューでは基本的に謝礼は生じない。豪勢な食事やホテルのスイートルームを要求してくることもない。ベッケンバウアーであろうがクリンスマン、バラック、カーンだって、誰も経済的便宜なんて口にしたことがない。クラブハウスの一室でコーヒー一杯…。そんなレベルだ。すこしグレードを上げたって、ホテルの会議室である。それも何かしらの会議に合わせてのものだ。
話は違うが、インタビューを読んでいて気が付くことはないだろうか。「ぼくは○△×選手が好きだから、ナマの声を読めるだけで嬉しい」なんて言っている読者がいたら、完全に平和ボケである。
選手、監督は自分の発言にとても気を使うが、読者の反応を見越して、意識的に方便を使うことがある。これは監督に多い。
だいぶ前の日本でのことだが、名古屋の監督をしていたアーセン・ベンゲルは、来日したヘーゲレ記者らドイツとスイスの記者3人相手にはドイツ語で腹を割って本音を吐いていた。携帯の番号を教え、その後も色々と彼ら同士で情報を交換していた。だが日本人記者の取材では、なかなか本音まで喋らなかった。ソツのない答えを返しては周囲を頷かせるのだが、活字にしてところで刺激がある内容じゃなかったものだ。
つまりここから、インタビューされる側の人間は、相手によってコメントを使い分けているということが分かる。彼らだってバカじゃない。誰にマトモに話し、誰を適当にあしらうかは心得ているのだ。
だから、編集部が「誰それのインタビューをしよう。行数はこれだけ。質問はこれとこれと…」と会議で決め、どうにかこうにかインタビューの約束を取り付けても、期待通りの展開にはならないことがある。
インタビューと銘打った原稿のはずなのに、肝心の本人のコメントはたったの数行しか見つからない。あとは周辺取材の記事でお茶を濁した活字が誌面を埋めている。そんな原稿を読んだことがありませんか? それは結局、制限時間内で無理なことをしようとしたからだし、初対面の記者になんぞ選手は本音を出さないことが分かってなかったからだ。
反対の事例もある。マガート監督がVfBシュツットガルトで大旋風を起こし、チャンピオンズリーグであのマンUを撃破した頃、ヘーゲレ記者から「マガートがオレにだけインタビューの機会をくれると言ってきた。ドイツでも初めてのインタビューになる。日本で掲載できないか?」と問い合わせがあった。
ところが日本の雑誌はどこもイタリア優先で、ドイツなんぞは完全無視した状態。マガート監督が何者かも分からず、まったく関心を寄せなかった。あのマガートを、である。これにはヘーゲレ記者も激怒した。「なんで日本はこうなんだ。イタリア人なら、キエーボやシエナの無名選手までインタビューされているというのに…。なぜマガートじゃ、ダメなんだ!」
サッカー文化の違い、売れる本作り、読者の関心度などが絡むため、こういう結果になった次第だが、たしかに一理ある。でも、こんなのはまだマシなほうなんだよね。なにしろ、日本のメディアは新聞でも雑誌でも奇妙な提案をすることで有名になっているんですから。
「安藤さん。現地の記者にアンケートをお願いします。質問は、『次の次のW杯でスター選手になっていそうな若手の名前を挙げてください』です。質問を投げる相手ですか? プラティニですよ」
ドッヒャー!
もち、お断りしましたよ。こんなの、私はとても考え付きません。おまけに「次」ならぬ「次の次」でしたよ。
そこで結論。『私、サッカー大好きな編集者。インタビューとったりアンケートお願いしたり、なんでもかんでも頼んじゃう。私にできないことってないんだから……、って言うじゃな〜い。でもアンタ、奇妙な提案に現地の人間が怒っているの、気が付かなすぎますから〜〜〜。残念!』(ギター侍の調子で)
(次回に続く)
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