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「安藤正純の特別コラム vol.9」
引退後の生活は誰にでもドラマがあるのだ
安藤正純=文・写真
text & photograph by Masazumi Ando
2004年12月20日
1996年、バイエルンの練習場でハンジ・ミュラーと会った。挨拶を交わした後にもらった名刺を見たら「スポーツマーケティング」の会社を経営しているのが分かった。会社のロゴマークが立体印刷され、なかなか立派なものだ。当時も今も、ドイツでこんなに金をかけた名刺をもらったことがない。
ハンジはその日、バイエルンと何がしかの交渉があったらしい。だが、誰と交渉しているのかなど当時の私がそこまで聞けるわけもなく、ニコニコしながらお別れしただけだった。
02年10月、再びそのハンジと会った。今度はシュツッツガルトである。彼はVfBの取材をするドイツ人報道関係者の輪の中にいた。私はヘーゲレ記者から「今日の試合前、プレスチームに入って試合をやるぞ」と言われていた。そしていざ、ユニフォームに着替えてグラウンドに入ると、ハンジも同じユニフォームを着て立っているではないか。なんと彼は、わがチームの助っ人として参加してくれたのだ。
グランドはスタジアム正面席の裏側にある。ちなみにプロが練習する場所とは違う。我々のはお世辞にも「絨毯のような美しさ」ではない。粘土質の土に芝生が根付いており、どこにでもあるアマチュア用のグランドだ。それでも芝生というのがありがたかった。
プレス関係者一同が昼間、ここに集結したのはワケがある。なにしろこの日は午後3時半からブンデスリーガの試合があるのだ。
向こうの報道陣はプロの本番前によく、親善試合を行なう。国際試合でも同様で、例えばドイツ代表がどこかの国と試合をするとなると、その前日に両国の報道陣が母国のユニフォームを身にまとい試合をするのである。
これは羨ましい慣習である。日本の報道陣もぜひ見習ってほしいものだが、残念ながら日本ではサッカー経験がある人が少ないし、長時間労働と連日の暴飲暴食のせいで、とても健康を維持できない"構造的欠陥"に支配されている。
さてドイツプレスの相手だが、ベンツの部品を作っている工場のチームだった。ところがこの工場チーム、選手の年齢が若いのである。平均したら20代後半といったところだ。
プレスチームには「元州代表選手」もいたが、そんなのは30年も前の話。全員がシニア、つまり40歳以上のオジサンだ。だから走力ではまったく勝てない。相手の足の速さはいかんともしがたく、サイドから快速ドリブルで切り込まれると完全にお手上げだった。
それでもスコアはたしか3−5くらいで、思ったほど点差がつかなかった。そうならなかったのはひとえに、中盤でボールをキープし前線でゴールを決めていたハンジのおかげだった。
前頭部の生え際がますます後退し、お腹も出てきたハンジだが、そこはやはり元代表選手、それも80年欧州選手権優勝の中心メンバーだ。ハンジがキープしたボールはなかなか簡単に奪われなかった。
ところで試合中、右MFの私は見事な縦パスを通した。フラットになったDFの裏をかいたパスで、観客から「シェーナー・パス、ユンガーマン!」(ナイスパスだぞ、若いの!)と声をかけられた。するとハンジ、試合中であるにもかかわらず、私のところまで寄ってきて「今のは実に素晴らしいパスだ。味方がフォローできずゴールに結びつかなかったのが残念だ」と褒めてくれ、わざわざ握手を求めてきた。元ユーロ優勝選手から褒められたなんて、安藤、一生ものの感激であります♪
と、ここまでは何の変哲もない話題。ここからが本番である。
ミュラーといえば選手としてW杯準優勝も果たした大物。当然、引退後の生活もそれなりの人生が待っているはずだった。ところがサッカー業界に残っているのに彼の生活はなんだか「華」がない。これまで大物選手の移籍で大仕事をしたという話を聞いたことがないし、06年W杯やブンデスリーガでも蚊帳の外だ。
同時代に活躍したヘーネス、ルンメニゲはドイツサッカー界の最重要人物に出世した。同じく代表出身のKH・フェルスターはVfBのGMとしてチームを下支えしている。
あまり好きな言葉じゃないが、この世界にも勝ち組と負け組みがある。70〜80年代に活躍したサッカー人で、勝ち組の代表はベッケンバウアー、ネッツァー、ヘーネス、ルンメニゲ。負けはオベラート、爆撃機G・ミュラーといったところか。
ハンジをここで勝ち組に入れるわけにはいかない。彼は現役時代から親しい関係者から、引退後の人生設計を真剣に考えるようにアドバイスされていたが、まともに受け入れなかった。その日の生活が楽しければ…、とラテンの甘い蜜に慣らされていたらしい。
だがハンジはそれでも良いほうだ。もう1人のミュラー、すなわちゲルトは離婚、レストラン経営の失敗、アル中と坂道を転げ落ち、最後は誰とも口がきけない対人恐怖症に陥った。オベラートは元来のおしゃべりすぎが災いして、他人から信頼されない。
爆撃機は現在、バイエルンのユースチームでコーチを務めるが、それもこれもあまりに悲惨なミュラーを見かねたベッケンバウアーとルンメニゲが、援助の手を差し伸べたからである。
小泉首相は「人生いろいろ」と国会で答弁したが、サッカー選手の引退後もまさに「いろいろ」なのだ。
■オマケのコラム■ 正しいドイツ語の発音(4)
マガトゥー(誤)→マガート(正)
※thで終わるから正確を期せばマガートゥ。あるいはマッガートゥ。
これは「ダイヤモンドサッカー」時代からずっと間違った発音が定着している例の1つ。ドイツ語の達人が解説者だったというのに、なぜマガトゥーになったか謎である。天下のバイエルンの監督は日本語表記では絶対「マガート」なのである。
(次回に続く)
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