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2000年2月撮影(by Satoshi)、無断転載禁止



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2000年02月26日(土) レバークーゼン
99/00シーズン、ドイツ・ブンデスリーガ第22節
バイヤー・レバークーゼン vs ヘルタ・ベルリン 3:1(3:1)

 2000年2月から3月にかけて、15日間で12試合観戦するという欧州蹴球観戦紀行を友人と敢行。その中で、EURO2000に向けたテストマッチ「オランダ代表 vs ドイツ代表」を観戦した私たちは、その後、2試合目ということでドイツ入りしてレバークーゼンにて「レバークーゼン対ヘルタ・ベルリン」を観戦することになっていた。

 あり氏によると、負けているときはもっと面白いという熱血漢のダウム監督であったが、後半開始が近づきピッチへと戻ってくると、なんと試合を生中継しているテレビ局から生インタビューを受けていた。後半が開始されてもしばらく続いたこのテレビ向けのインタビュー。まだ試合中というのに。

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ハーフタイムにインタービューを受けるダウム監督

 前半を3-1と折り返し、後半ヘルタが1点返せば、まだ面白かったのだが、レバークーゼンが攻守ともに優れていて、ヘルタにゴールが入る気配なし。試合は膠着状態が続いた。というわけで、レバークーゼンの良いところばかりが目立つ試合ではあったが、ヘルタ・ベルリンにも魅力は多く、その一つが若きドイツのホープ、セバスティアン・ダイスラーだろう。やはり、スタジアムの観客の多くは、レバークーゼンサポとはいえ、この将来のドイツを担う若手については注目しているようで、彼がボールを持つと、応援のトーンが若干下がり、彼にあつい視線が注がれていた。

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セバスティアン・ダイスラー(左)、ダウム監督(中央)、アリ・ダエイ(右)

拡大表示可能  Photograph by St. Marco Kabayama
アジアの大砲、アリ・ダエイ投入!(60分)

 後半が始まっても、打開策の見あたらないヘルタ・ベルリンは、後半もまだ残り30分ある段階で、スーパーサブを投入することに。そう、アジアの大砲、アリ・ダエイの登場である。かの日本ではすっかり有名なダエイ選手は、1999-2000シーズン、バイエルンからこのヘルタ・ベルリンに移籍してきたのだ。

 ワールドカップのアジア第3代表決定戦、あのジョホールバルにおいて、日本から同点のヘディングゴールをたたき込んだ「高さ」は、交代を待ちメインスタンド側中央のサイドライン付近で、まさに私たちのすぐ前で立っている時に感じられた。実に背が高く見える選手である。実際に背が高いのは事実だが、それ以上に姿勢もよく、安定感が感じられる。さらに、これでいて足技も得意で、華麗なシュートも放つダエイ。まさにアジアを代表するストライカーである。

拡大表示可能  Photograph by St. Marco Kabayama
ゲームを組み立て直すパオロ・リンク(左)、期待の若手ダイスラー(右)

Photograph by St. Marco Kabayama  Photograph by St. Marco Kabayama
ファールでプレー中断。ダウム監督の指示が入る。(左)
キルステンからホフマンに交代(63分)(右)

 そのダエイも、結局不発。一方のレバークーゼンは、ダエイ交代の直後、疲れの見えたFWのキルステンを下げて、ホフマンを投入。さらに、3日前のオランダ代表戦にも出場していて疲労がたまっていることを考慮してか、それともこの日はあまり調子が良くなかったことが原因か、75分でノイヴィル選手を下げる。試合後に、ノイヴィル選手のサインをもらえるかもと期待していた私としては、途中交代ということでロッカールームへとノイヴィル選手が引き上げていくのが、ちょっと残念。しかし、拍手で彼の活躍を讃える。

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ノイヴィル交代、お疲れさま(75分)

 というわけで、最初の30分で試合が決まってしまい、後は膠着状態で試合終了。結果、3-1。一方、ミュンヘンではバイエルンも余裕でフランクフルトを下したという情報が。分かり切っていたこととはいえ、サポーターがっくり。とりあえず、勝ち点差5をキープ。これでレバークーゼンは勝ち点が44となり、勝ち点49で首位をいくバイエルンを引き続き追走する形となった。

 さて試合後は、あり氏の車でケルンまで送ってもらい、夕食をともにした。食事の時はいつも言葉の壁を感じるのだが、あり氏のおかげで、この日はその問題もナシ。本当にお世話になり、感謝感激。
 夕食後、あり氏にあらためて御礼を言い、お別れして私たちは荷物を置いていたホテルへ。ホテルで荷物を取り、ホテルを後にして駅へ。まだ夜行列車の出発まで時間があったため、小さな三脚にコンパクトカメラを取り付け、夜のケルン中央駅構内の撮影にトライしたりして時間をつぶす。やがて、ケルン発ミラノ行きの夜行列車がホームに。自分たちの予約していた2等寝台の部屋に入る。

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夜のケルン中央駅

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ミラノへ向かう夜行列車

 クシェットではなく2等寝室にしたため、値段は安ホテル一泊分くらいになり、けっして夜行列車のおかげで宿泊費が安くすんだとは言えないが、ちゃんとカギのついた2人部屋で盗難の心配も少なく、またひじょうに快適な部屋であったため満足。いよいよイタリア入りということで、シュリースハイムでもらったワインをあけることに。つまみが欲しいということで、軽食のソーセージを注文。やがて係りの車掌さんが、届けてくれる。その場での現金払い。ワインを飲み、それを食べ終えて、時計が12時をまわってから、私は2段ベッドの上段で就寝。

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最終更新日: 2005年08月16日

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