西ドイツ代表が再びワールドカップで優勝のチャンスを得たのは、1966年のイングランド大会だった。しかしサッカーの母国といわれるイングランドで、西ドイツは疑惑のゴールにより失点し、決勝で敗れるという屈辱を味わう。サッカーにはつきもののホーム有利の判定に泣かされた西ドイツ代表と、判定に助けられての優勝で満足するイングランド。以後続くことになる両者のライバル関係は、この時確立された。
(1960年)
[No.267] 1960年03月23日 ○ 2 - 1 (H) vs チリ代表 (シュツットガルト)
[No.268] 1960年04月27日 ○ 2 - 1 (H) vs ポルトガル代表 (ルートヴィヒスハーフェン)
[No.269] 1960年05月11日 × 0 - 1 (H) vs アイルランド代表 (デュッセルドルフ)
[No.270] 1960年08月03日 ○ 5 - 0 (A) vs アイスランド代表 (レイキャヴィク)
※1962年W杯チリ大会予選について
西ドイツ代表はグループ3にて、北アイルランド、ギリシャと対戦。4戦全勝で予選通過。
▼ 1962年W杯チリ大会予選
[No.271]
1960年10月26日 ○ 4 - 3 (A) vs 北アイルランド代表 (ベルファスト)
[No.272]
1960年11月20日 ○ 3 - 0 (A) vs ギリシャ代表 (アテネ)
[No.273]
1960年11月23日 × 1 - 2 (A) vs ブルガリア代表 (ソフィア)
(1961年)
[No.274]
1961年03月08日 ○ 1 - 0 (H) vs ベルギー代表 (フランクフルト)
[No.275]
1961年03月26日 × 1 - 3 (A) vs チリ代表 (サンチアゴ)
▼ 1962年W杯チリ大会予選
[No.276]
1961年05月10日 ○ 2 - 1 (H) vs 北アイルランド代表 (ベルリン)
[No.277]
1961年09月20日 ○ 5 - 1 (H) vs デンマーク代表 (デュッセルドルフ)
[No.278]
1961年10月08日 ○ 2 - 0 (A) vs ポーランド代表 (ワルシャワ)
▼ 1962年W杯チリ大会予選
[No.279]
1961年10月22日 ○ 2 - 1 (H) vs ギリシャ代表 (アウグスブルク)
(1962年)
[No.280]
1962年04月11日 ○ 3 - 0 (H) vs ウルグアイ代表 (ハンブルク)
▼ 1962年W杯チリ大会グループリーグ
[No.281]
1962年05月31日 △ 0 - 0 (N) vs イタリア代表 (サンチアゴ)
[No.282]
1962年06月03日 ○ 2 - 1 (N) vs スイス代表 (サンチアゴ)
[No.283]
1962年06月06日 ○ 2 - 0 (A) vs チリ代表
(サンチアゴ)
▼ 1962年W杯チリ大会準々決勝
[No.284]
1962年06月10日 × 0 - 1 (N) vs ユーゴスラヴィア代表 (サンチアゴ)
[No.285]
1962年09月30日 ○ 3 - 2 (A) vs ユーゴスラヴィア代表 (ザグレブ)
[No.286]
1962年10月24日 △ 2 - 2 (H) vs フランス代表 (シュツットガルト)
[No.287]
1962年12月23日 ○ 5 - 1 (H) vs スイス代表 (カールスルーエ)
(1963年)
[No.288]
1963年05月05日 × 1 - 2 (H) vs ブラジル代表 (ハンブルク)
[No.289]
1963年09月28日 ○ 3 - 0 (H) vs トルコ代表 (フランクフルト)
[No.290]
1963年11月03日 × 1 - 2 (A) vs スウェーデン代表 (ストックホルム)
[No.291]
1963年12月29日 ○ 4 - 1 (A) vs モロッコ代表 (カサブランカ)
(1964年)
[No.292]
1964年01月01日 × 0 - 2 (A) vs アルジェリア代表 (アルジェ)
[No.293]
1964年04月29日 × 3 - 4 (H) vs チェコ・スロヴァキア代表 (ルートヴィヒスハーフェン)
[No.294]
1964年05月12日 △ 2 - 2 (H) vs スコットランド代表 (ハノーファー)
[No.295]
1964年06月07日 ○ 4 - 1 (A) vs フィンランド代表 (ヘルシンキ)
※1966年W杯イングランド大会予選について
西ドイツ代表は、グループ2でスウェーデン、キプロスと対戦、3勝1分でグループ1位となり予選通過。首位をスウェーデンと争った西ドイツは、ホームで1-1のドローとなり、アウェーにて首位を争う決戦に挑んだ。1954年以来スウェーデンには勝てないというジンクスがあったものの、ウヴェ・ゼーラーのゴールで2-1とアウェーにてスウェーデンに勝利し、予選通過をほぼ確実のものとした。
▼ 1966年W杯イングランド大会予選
[No.296]
1964年11月04日 △ 1 - 1 (H) vs スウェーデン代表 (ベルリン)
(1965年)
[No.297]
1965年03月13日 △ 1 - 1 (H) vs イタリア代表 (ハンブルク)
▼ 1966年W杯イングランド大会予選
[No.298]
1965年04月24日 ○ 5 - 0 (H) vs キプロス (カールスルーエ)
[No.299]
1965年05月12日 × 0 - 1 (H) vs イングランド代表 (ニュルンベルク)
[No.300]
1965年05月26日 ○ 1 - 0 (A) vs スイス代表 (バーゼル)
[No.301]
1965年06月06日 × 0 - 2 (A) vs ブラジル代表 (リオデジャネイロ)
▼ 1966年W杯イングランド大会予選
[No.302]
1965年09月26日 ○ 2 - 1 (A) vs スウェーデン代表 (ストックホルム)
[No.303]
1965年10月09日 ○ 4 - 1 (H) vs オーストリア代表 (シュツットガルト)
▼ 1966年W杯イングランド大会予選
[No.304]
1965年11月14日 ○ 6 - 0 (A) vs キプロス (ニコシア)
(1966年)
[No.305]
1966年02月23日 × 0 - 1 (A) vs イングランド代表 (ロンドン)
[No.306]
1966年03月23日 ○ 4 - 2 (A) vs オランダ代表 (ロッテルダム)
[No.307]
1966年05月04日 ○ 4 - 0 (A) vs アイルランド代表 (ダブリン)
[No.308]
1966年05月07日 ○ 2 - 0 (A) vs 北アイルランド代表 (ベルファスト)
[No.309]
1966年06月01日 ○ 1 - 0 (H) vs ルーマニア代表 (ルートヴィヒスハーフェン)
[No.310]
1966年06月23日 ○ 2 - 0 (H) vs ユーゴスラヴィア代表 (ハノーファー)
▼ 1966年W杯イングランド大会グループリーグ
[No.311]
1966年07月12日 ○ 5 - 0 (N) vs スイス代表 (シェフィールド)
[No.312]
1966年07月16日 △ 0 - 0 (N) vs アルゼンチン代表 (バーミンガム)
[No.313]
1966年07月20日 ○ 2 - 1 (N) vs スペイン代表 (バーミンガム)
▼ 1966年W杯イングランド大会準々決勝
[No.314]
1966年07月23日 ○ 4 - 0 (N) vs ウルグアイ代表 (シェフィールド)
▼ 1966年W杯イングランド大会準決勝
[No.315]
1966年07月25日 ○ 2 - 1 (N) vs ロシア代表 (リバプール)
▼ 1966年W杯イングランド大会決勝
[No.316]
1966年07月30日 × 2 - 4 (A) vs イングランド代表 (ロンドン)
[No.317]
1966年10月12日 ○ 2 - 0 (A) vs トルコ代表 (アンカラ)
[No.318]
1966年11月19日 ○ 3 - 0 (H) vs ノルウェー代表 (ケルン)
(1967年)
[No.319]
1967年02月22日 ○ 5 - 1 (H) vs モロッコ代表 (カールスルーエ)
[No.320]
1967年03月22日 ○ 1 - 0 (H) vs ブルガリア代表 (ハノーファー)
※EURO68イタリア大会予選について
西ドイツにとって初参加となった欧州選手権がこのイタリア大会で、予選において、グループ4にてアルバニアとユーゴスラヴィアと対戦。2勝1分1敗でグループ2位となり予選敗退となった。最終戦で格下のアルバニアと対戦した西ドイツだったが、勝てばユーゴスラヴィアと勝ち点で並ぶことになり、そのユーゴスラヴィアとの直接対決では1勝1敗ながらも合計3-2でドイツがリードしており、アルバニア戦で勝てば予選通過が決まるはずだったが、この試合でスコアレスドローに終わったドイツは予選敗退。以後、アルバニアとの試合は、何かとドイツにとっては重要な意味を持ったりし、そのたびに接戦となる傾向にあり興味深い。ちなみに、W杯や欧州選手権でのドイツの予選敗退は、後にも先にもこの一度だけ。
▼ EURO68イタリア大会予選
[No.321]
1967年04月08日 ○ 6 - 0 (H) vs アルバニア代表 (ドルトムント)
[No.322]
1967年05月03日 × 0 - 1 (A) vs ユーゴスラヴィア代表 (ベオグラード)
[No.323]
1967年09月27日 ○ 5 - 1 (H) vs フランス代表 (ベルリン)
▼ EURO68イタリア大会予選
[No.324]
1967年10月07日 ○ 3 - 1 (H) vs ユーゴスラヴィア代表 (ハンブルク)
[No.325]
1967年11月22日 × 0 - 1 (A) vs ルーマニア代表 (ブカレスト)
▼ EURO68イタリア大会予選
[No.326]
1967年12月17日 △ 0 - 0 (A) vs アルバニア代表 (ティラナ)
(1968年)
[No.327]
1968年03月06日 ○ 3 - 1 (A) vs ベルギー代表 (ブリュッセル)
[No.328]
1968年04月17日 △ 0 - 0 (A) vs スイス代表 (バーゼル)
[No.329]
1968年05月08日 △ 1 - 1 (A) vs ウェールズ代表 (カーディフ)
[No.330]
1968年06月01日 ○ 1 - 0 (H) vs イングランド代表 (ハノーファー)
[No.331]
1968年06月16日 ○ 2 - 1 (H) vs ブラジル代表 (シュツットガルト)
[No.332]
1968年09月25日 △ 1 - 1 (A) vs フランス代表 (マルセイユ)
※1970年W杯メキシコ大会予選について
西ドイツ代表は、グループ7でスコットランド、オーストリア、キプロスと対戦。5勝1分でグループ1位となり予選通過。この予選では、スコットランドの首位争いは最終戦での直接対決までもつれこむことに。勝ち点9で首位にたっていた西ドイツと、勝ち点7で追いかけるスコットランド(当時は勝者の勝ち点が3ではなく2)。勝ち点が並んだ場合は直接対決の結果が考慮され、すでにアウェーで行われた試合では1-1のドローだったため、最終戦のハンブルクでの対スコットランド戦で全てが決する展開となり、この試合のドイツ国内での視聴率は88%を記録したとか。この試合で、後にアル中で死亡するという転落人生を歩んだ、ラインホルト・リブダが貴重なゴールを決めて、3-2と接戦を西ドイツがものにして、予選通過を決めた。
▼ 1970年W杯メキシコ大会予選
[No.333]
1968年10月13日 ○ 2 - 0 (A) vs オーストリア代表 (ウィーン)
[No.334]
1968年11月23日 ○ 1 - 0 (A) vs キプロス (ニコシア)
[No.335]
1968年12月14日 △ 2 - 2 (A) vs ブラジル代表 (リオデジャネイロ)
[No.336]
1968年12月18日 × 1 - 2 (A) vs チリ代表 (サンチアゴ)
[No.337]
1968年12月22日 △ 0 - 0 (A) vs メキシコ代表 (メキシコ・シティー)
(1969年)
[No.338]
1969年03月26日 △ 1 - 1 (H) vs ウェールズ代表 (フランクフルト)
▼ 1970年W杯メキシコ大会予選
[No.339]
1969年04月16日 △ 1 - 1 (A) vs スコットランド代表 (グラスゴー)
[No.340]
1969年05月10日 ○ 1 - 0 (H) vs オーストリア代表 (ニュルンベルク)
[No.341]
1969年05月21日 ○ 12 - 0 (H) vs キプロス (エッセン)
[No.342]
1969年09月21日 △ 1 - 1 (A) vs オーストリア代表 (ウィーン)
[No.343]
1969年09月24日 ○ 1 - 0 (A) vs ブルガリア代表 (ソフィア)
▼ 1970年W杯メキシコ大会予選
[No.344]
1969年10月22日 ○ 3 - 2 (H) vs スコットランド代表 (ハンブルク)