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2000年欧州蹴球観戦紀行   欧州蹴球観戦紀行トップページへ戻る

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   2000年02月15日(火) 成田→アムステルダム→フランクフルト→シュリースハイム

シュリースハイムへ向けて出発

 今回の旅の目的は、ドイツの友人家族の家に遊びに行くことと、アムスで友人と待ち合わせてサッカー三昧の旅をすることにあった。というわけで、私は、後半の旅行をともにする友人よりも一足早く、ヨーロッパへ旅立つことに。今回は、いろいろな航空会社の中から、条件、価格などを考慮してKLMオランダ航空を選択した。
 2000年2月15日、11時成田発のKL862便でアムステルダムへ。この日のフライトはエコノミー希望が多く、ビジネスクラスの席もエコノミークラスとして使用。その恩恵を預かり、運良くビジネスクラスの席に、しかも前が扉という足を伸ばしまくりのベストな席に座ることができた。というわけで終始快適なフライトを楽しみつつ、アムスへ。なんといっても、ふだんはエコノミーの座席しか座らない私にとっては、肘掛けについている個人用のポータブルテレビが気になってしょうがなかった。あれこれいろいろなチャンネルを試してみた。

拡大表示可能 成田〜アムス間の航空券
成田〜アムス間の往復チケットは、HISにて格安で購入。KLMはノースウェストと提携しているため、チケットにはノースウェストのロゴも。こうした提携は、有り難く、この時はアリタリアとも提携していたためローマ〜バルセロナ間のアリタリアのチケットも格安で購入できた(2000年2月時点)。
Photograph by Satoshi 拡大表示可能
スキポール空港にて

 約11時間のフライトの後、定刻よりも早く2時過ぎには到着(3時5分が定刻)。時差8時間の冬時間の時期は、早く着くのであろうか。後日友人がアムスに来た際利用した便も早く到着したが。とはいえ、早く着いたのはいいのだが、そこから延々4時間、次のフライトまでスキポールで待たされることに。眠い目をこすりつつ、スキポール空港内の免税店を見たりして時間が経つのをひたすら待った。いかんせんやることがなくなり、これから会いに行く友人宅へ電話すると、「コーヒー飲め」だとか「新聞買え」だとかいろいろなアイディアを出してきた。それを少し参考に、さらに時間をつぶした。
 18時40分、KL1771便でドイツのフランクフルトへ。前のフライトは当然日本人が数多くいたが、さすがにこちらは少なく、アジア人らしき人が1〜2人いるかいないか程度。おー、ヨーロッパに来たなぁと変な感慨を抱きつつ、機内へ。今度は短い時間のフライト。簡単なサンドイッチが出たかと思えば、すぐに回収というあわただしい機内。そして、フランクフルト空港に到着。
 空港について飛行機を降りる、人の波にしたがって出口へ。するとほんとに出口を出てしまった。あれっ、日本で預けた荷物は?としばし唖然。どうもアムス〜フランクフルト間を利用する人は、日帰りの出張で利用するビジネスマンの方が多く、荷物を預けていない人がほとんどだった模様。そして彼らについていってしまった私は、荷物を取るターンテーブルがあるのとは違う出口を利用してしまったのだ。そこで、あわてて、入口から事情を説明して中へ。しかし指示された場所に荷物はやって来なく、荷物が出てくる場所が変更になりましたというアナウンス。刻々と時間が過ぎる。実はけっこうあせっていた。急いで変更になったターンテーブルへ移動。そこで自分のバックパック(今回は移動が多いのでバックパックにした)を取り、時間を確認。それから、列車の駅を探す。しかし見つからない。
 というのも列車の駅はターミナル1にあり、ここはターミナル2。というわけで両ターミナルを結ぶシャトルバスに乗り込み、急いでターミナル1へ。ターミナル1へ到着後、列車の駅の場所をドライバーから聞き、それにしたがって、駅へと急ぐ。フランクフルト空港には、新駅ができたと聞いていたが、そのホームが意外と空港から遠く、そこまでダッシュ。バックパックにしておいてよかったと実感。しかし、重い荷物だ。切符売り場では、日本人らしい客がトラぶっていたので、これは時間がかかりそうと思ったが、隣のカウンターが開いたので、そこのお姉さんから、急いで切符を購入。階段を下りてホームへ。

拡大表示可能
「フランクフルト空港→マンハイム」の列車チケット。20.20DM

 ホームへ下りて、1〜2分後、目的の列車(20時56分、IC709)が到着。2等のコンパートメント車両に乗車。ビジネスマン風の中年のおじさんが乗る部屋が空いていたので入る。おじさんは、車中、ほとんどずっと携帯電話で話をしている。話している相手はどうも愛人風。必死に口説いている。
 約30分で21時27分マンハイム着。すでに日本の自宅を出てから丸24時間が経過。駅で迎えに来てくれたドイツ人の友人と、実に2年半ぶりの再会。この頃には睡魔は峠を越え、逆にハイな状態で、この後友人宅で遅くまで盛り上がる。

   2000年02月16日(水) シュリースハイム滞在

シュリースハイムという町

 翌16日、ふつうに起床して朝食を頂く。友人宅は1階で家庭用品店を営んでおり、2、3階を居住スペースとして使っている。お店が9時開店ということで、9時になるにつれあわただしくなりはじめる。私も、9時過ぎに1階に下り、そこで従業員の方にお会いする。ここの従業員は年輩の2人の女性で、2年前に来た時にもお会いしており、よく電話をするとどちらかが応対に出るので、久しぶりの再会といった感じ。彼女たちは英語を解さないので、私のつたないドイツ語が数少ないコミュニケーション手段。
Photograph by Satoshi 拡大表示可能
シュリースハイム
 開店とともにお店には客がやって来て、友人は応対に追われている。上の娘さんも最近は店で働くようになり、近所で一人暮らしをしているのだが、ちゃんと9時には店にやって来る。ドイツの雑貨屋さん事情はといえば、古き良き伝統に守られているといった感じ。というのも、ドイツには、結婚の際に家財道具(家具とかの大きいものというか、むしろテーブルウェア)は町の雑貨屋で一通り揃えるという風習があり、この結婚関連の消費が売上の多くを占めているという。したがって、しっかり顧客を捉えておけば、その家の子、孫...が結婚するたびに収入が確保される。この日も、婚礼関係の大量注文が入っていて、その商品のラッピングに追われていた。なんでも、もともとシュリースハイム出身の女性がスイスのベルンに移り住み、そこで結婚することになったようなのだが、両親の強い希望で、テーブルウェアは、この友人の雑貨屋で購入する運びとなった模様。かなり信頼されているようだ。店の正面ウィンドウには、売り物の商品が奇麗に並べられているのだが、この店にはちゃんとした看板がない。なんでも看板を設けるとすぐに落書きされてしまうからだという。でも看板などなくても町の人はみなこの店を利用するからおそるべしである。これは余談だが、1999年という年は、ドイツでは結婚するカップルが激減したという。これは日本でもニュースとかで取りあげられていたが、「99」という数はあまり縁起が良くないかららしい。というわけで、友人の店の売上も激減。予想されていたこととはいえ、かなりの痛手だったようだ。しかし、今年はその反動、及びミレニアムということで、婚礼関係の注文が殺到、去年の赤字をうち消して余りある売上のようだ。
 店の様子をしばらく伺った後は、一人で町へ出てみることにした。シュリースハイムというのは、マンハイムとハイデルベルクの中間にある、小さなドイツの古き良きワインの里。「地球の歩き方」など、日本で発売されているいわゆる観光用のガイドブックには、まず載っていない町で、地図から探すのも難しい町である。しかし、バーテン・ヴュルテンブルク州に数あるワインの産地の一つであり、また町としての歴史も極めて古く、観光地としても売り込んでいるところである。現在は、マンハイムのベッドタウンとして人気の高い住宅地でもあるようで、中心部から少し離れたところには新しい家々が建ち並び、比較的裕福な住民が暮らす郊外の高級住宅街に変わりつつあるらしい。とはいえやはり、教会、広場、目抜き通り、ワイン畑の広がる丘、その丘の上の古城...といった具合で、典型的な古き良きドイツの風景を残すこの町。町をのんびり歩いているだけでも楽しい。
 さて、午後からは突然の大雪で、あっという間に一面の銀世界に。店の仕事が一段落ついた友人夫妻と、学校から帰ってきた次女とともに、近くの森にある散歩道へ車で行ってみることにした。大粒の雪が降る中、友人の運転するアウディ(チェーンなし)が、時折、スリップしながら道を走る。そして、一面銀世界の森の散歩道をしばし散策。本日は、この町の2つの景色を楽しむことができた。

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